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 寄せ書き 
和田信裕「『生命のふしぎ』のふしぎ」
星ファン&コレクター
 星さんの全著作の蒐集を目標に掲げてから、四半世紀以上が経ちました。 蒐集を始めた頃は著作の全容もわからず、それぞれの著作が出版された時の姿(カバー、帯がついていたのか、函に入っていたのかなど)さえ皆目見当がつかないという状態でした。 別冊新評『星新一の世界』(新評社1976年)で著作目録を作成しても、存在を知らずにリストに入れていない著作もありました。 完本を手に入れるのに苦労したり、掘り出し物を見つけて小躍りしたり、ライバルとの争奪戦を繰り広げたりと、書くのには事欠かない様々な出来事がありました。

 今回その中から選んだのは、最初の著作『生命のふしぎ』(昭和34年9月新潮社刊)の不思議です。 まあ、大げさに“不思議”というほどのことでもないのですが、誰も書いていないので、ずっと気になっているのです。

 『生命のふしぎ』の初版は、元々あった奥付がノド部分をわずかに残して切り取られ、そこを糊代にして昭和34年9月10日発行という奥付が貼りつけられています。 貼り直された奥付は前のページと後ろ見返しにノド部分で糊づけされているので気づかない場合がほとんどですが、たまたま貼り方が下手だった1冊が手元にあったために気づいたのです。 なぜ、奥付を貼り替える必要があったのでしょうか。

 『生命のふしぎ』は「少国民の科学」という10冊シリーズの1冊として新潮社から発行されました。 第4巻『雷からテレビまで』(昭和33年11月発行)巻末のラインナップを見ると、その時点では、星さんの著作は『生命?』というタイトルで最終回に配本される予定になっていました。

 このシリーズは、タイトル変更や刊行順、ラインナップの変更がありました。 第5巻は『人造人間ものがたり』から『オートメーション物語』と改題され、第8巻予定の『アトム探究』は、『人類のゆめ原子力』と改題されて第9巻として刊行されました。 その代わりに第8巻として刊行されたのが、最終第10巻の予定だった星さんの著書だったのです。 『生命?』から『生命のふしぎ』と改題され、繰りあげられました。 いつの間にか第9巻予定の『第三の火』が予定から消え、代わりに『日本を楽園に』が最終巻に入りましたが、「少国民の科学第10巻」は国会図書館の目録にも存在せず、未完に終わったようです。

 そんな“不思議”に気づいていくうちに、新潮社の裏事情を勝手に想像してみるようになりました。



担当編集者の「悪戦苦闘日記」(フィクションです)

 7回目の配本まではなんとかうまくいっていたのが、その後は毎月1冊配本の予定が既に半年近く遅れ、読者や書店からは、一体どうなっているのかという問い合わせが毎日のように入ってくる。 これまでに2度も延期している配本日を、さらに再延長は出来ない状況に追い込まれてしまった。 「これ以上遅らせるな」という社長命令が下ったのは3か月前。 それなのに今頃になって、第8巻の著者に「内容の軌道修正に合わせて、タイトルを『アトム探究』から『人類のゆめ原子力』に変更したい。 絶対いい本にするから締め切りを延ばして」と言われてしまった。 数日で原稿が出来るという奇跡が起きたとしても、8回目の配本日に間に合わせることは不可能だろう。

 悪いことは重なるもので、第9巻予定の『第三の火』の原稿に目を通した編集長からシリーズ内容にそぐわない章があるという横やりが入り、部分的書き直しをお願いしたら「お前の言い方が気に入らない!」と激怒され、「このまま出せないのなら、著者を降りる!」と言われてしまった。 怒りの矛先を収めてくれそうもなく、代わりの著者探しをしなければならなくなった。 著者人脈の乏しい俺は、どうしたらいいのか……。

 一縷の望みは、締切日を厳守してくれた星新一さんの『生命のふしぎ』が既に製本を終え、最終の第10巻目として配本を待つばかりになっているので、あと8、9回配本の2冊を頑張って何とかしさえすればいいのだ。

 わが身を励ましながら絶望的な日々を送っているときに、編集長から話があると呼ばれた。

「すごいことを思いついた。俺は天才かもしれない。」と聞かされた秘策に耳を疑った。 詳しく聞くと、すでに完成している『生命のふしぎ』の奥付ページを切り取り、新たに印刷する奥付ページと貼り替えて8回目の配本日に間に合わせるというものだった。 この秘策は起死回生の逆転ホームランになると役員会議で評価され、即採用された。 配本する本が変わるので、会社の役員たちは取次店と大型書店に頭を下げて回り始め、差し替え用の奥付を印刷する指示、背の巻数を8に変えた函の制作手配が行われた。

 製本所の倉庫に積まれていた『生命のふしぎ』が、会社の会議室に運び込まれてきた。 きれいに出来上がっている本からページを切り取るのにはためらいがあったが、出来るだけ早く作業を進めなければならないと急かすと、社内のあらゆる部署や製本所、印刷所などからかき集められた人たちは、梱包を解く、函から本を取り出す、奥付ページを切り取る、刷り上がったばかりの新たな奥付ページを糊付けする、糊を乾かすためにページを広げたまま積み重ねていく、糊が乾いたものを新たに製函所から運び込まれた函に入れて梱包し直す……作業を手際よく分担し、中には会社に泊まり込む人までいて、昼夜兼行で行われた。 この作業に数日を費やしたものの、配本日に間に合わせることが出来た。 作業のために集まってくれた人たちは、真夏の暑さにもめげず、実によく働いてくれた。

 昭和34年9月10日発行という奥付に仕立て直された『生命のふしぎ』がすべて搬出され、応援部隊もすべて引き揚げてガランとした会議室には、切り取られた奥付ページと、背に巻数を表わす10と表示された、読者の手が一度も触れることのなかった空の函が山をなしていた。

 緊急事態に対処したひとつの好事例として、貼り替えられていない元の奥付のままで10と表示された函に入った『生命のふしぎ』は永久保存されることになり、会社の資料保管庫の棚に数部だけ並んでいる。



 実際には、単に奥付に印刷ミスがあったために貼り替えられただけなのかもしれません。 しかし、このような顛末が本当にあって、ほとんど誰にも知られていない初版本が存在し、この1冊が手に入らないがゆえに全著作の完蒐を困難にしている……そう妄想するほうがワクワクしてきませんか?

 星新一コレクタ−の皆さん、勘違いして新潮社の資料保管庫に不法侵入なさいませんように。


2012年5月

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