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 寄せ書き 
鏡明「星さんが、怒った話をします」

電通 元役員
 ぼくがSF作家クラブに入ったのは、60年代の終わり頃だったと思う。 まだ学生でした。

 当時の作家クラブは仲良しグループ、ということで、年齢とかキャリアとかは問題にされないという感じでしたが、星新一さん、筒井康隆さん、小松左京さんは、やはり別格で、ま、小松さんはぼくたちによく話しかけてくれたりして、言葉を交わすことは多かったのですが、星さんと筒井さんと話す時には、緊張しました。

 でも、お会いする機会が増えてくると、お二人とも、面白い人だということがわかってきました。 具体的な例は省きますが、かなり不思議なことがありました。 中でも、星さんは人見知りなんでしょうか、本当に短い言葉でしかお話しできませんでした。 それもまた、星さんらしいなぁ。勝手に感心していました。

 ところが、あるとき、ある場所で、星さんがその場所では言ってはならない言葉を窓際に行って、叫びだしたのです。 すいませんね、場所も言葉も、内緒です。 小松さんが「誰か、星さんを止めろ!」と言いました。 いやぁ、さすがにぼくたち若い会員は、恐れ多くて、止めになんて行けません。 それでも、何人かのSF作家の人たちで、なんとか、星さんを止めることが出来ました。 星さんはニコニコしてしばらくじっとしていましたが、みんなの注意がそれたのを見計らって、また。同じことを叫びだして、また、みんなが止めに行く。 それが、何度も繰り返されました。

 まるで、子どもだよなぁ。 ぼくは、ちょっとあきれてその様子を見ていました。 でも、星さんをはじめとしてみんな楽しそうなんですね。 誰一人、星さんに怒っている人はいません。 小松さんも、しょうがないなぁ、そんな感じでした。


 小松さんが言い出した日本SF大賞が始まったとき、星さんが審査員になったことがありました。 同席していたぼくは、星さんの新しい面を発見して、びっくりしました。 星さんは、候補作の書評の切り抜きの束を持参していたのです。 地方紙の書評も入っていたと思います。 本来なら主催者が用意すべき物だったように思いますが、残念ながら、その用意はありませんでした。 今なら、ネットで調べがつくでしょうが、ネットどころか、コンピュータでさえ一般的ではなかった時代です。 星さん自身が捜したのか、誰かにやらせたのか、わからないのですが、その労力は大変な物だったはずです。

 どうしてそんな努力をしたのか。 御自分の眼に自信がなかったのではない。 それは確かです。 だって、新井素子という才能を発見した星さんです。 小説を見る眼は誰よりも優れているはずです。 それなのになぜ、書評の切り抜きを持ってきたのか。 多分、多分ですけれども、受賞作が発表された時の、SF業界以外の反応を考えていたのではないか、そんな気がしています。 少なくとも、SF内部の評価だけではなく、外部の眼も必要なのだと考えていたのではないか。 そんな気がします。 審査員として、極めて真摯に対象に取り組んだ結果が、あの切り抜きだったように思うのです。


 やっと、星さんが怒った話にたどり着きました。
 それは、何かのパーティの流れで銀座のクラブにやってきた時のことです。 星さんは、いつものようにニコニコしながら、酒を飲み、話をしていました。 いや、その中身は覚えていません。 とても機嫌が良さそうでした。 同席していた一人の編集者が、言ったのです。 「先生、今度、うちにも原稿いただけませんか?」

 その途端、星さんの顔つきが変わりました。 そして言いました。
「失礼だ! こんなところで、原稿の依頼をするのは、失礼だ!」

 もちろん、このとうりの言葉ではなかったかもしれません。 ずいぶん昔のことですからね。 ぼくが思ったのは、ずいぶん、礼儀に厳しい人なんだ、ということでした。 でも、そんなにまで、怒らなくても良いのに。 本当に激高しているという感じだったのです。 それまでの上機嫌な星さん、そして、ぼくがそれまで見た星さんからは、想像もできない口調と表情でした。 月並みな言い方ですが、場が一瞬にして凍りつきました。

 その編集者も、すぐに「失礼しました。正式に依頼に伺います」と言いました。 それはそうですね。 酒の場で話すようなことではない、と、ぼくも思ったのです。 でも、星さんが怒っていたのは、そういうことではなかったのです。
「あなたは、ショートショートを馬鹿にしているだろう。簡単に書けると思っているんだろう! だから、こんなところで言ってくるのだ」
「そんなことはありません。先生が大変な苦労をなさっているのは承知しております。失礼しました」
 星さんは、編集者の顔をにらみつけました。
「じゃぁ、ぼくの書く物に百万円払うか?」

 百万円。 いくらバブルの時代だったとはいえ、ショートショート一篇に百万円というのは、法外です。 いや、星さんの言葉を正確に覚えてはいません。 でも、金額は覚えています。 無茶だなぁ。 ぼくは、編集者にちょっと同情しました。 でも、もっとびっくりしたことに編集者は言いました。
「わかりました。百万円でお願いします」

 大人の世界なんだ。 妙なことに感心したのは覚えています。 残念なことに、それがどの雑誌で、星さんがどのような作品を書いたのか、本当に百万円だったのか、わかりません。

 でも、わかっていることがあります。
 あのとき星さんが怒ったのは、原稿依頼の場所のことでも、内容でもなく、もちろん原稿料のことでもなかったということです。

 星さんが怒ったのは、ショートショートという形式に対して、正当な扱いが成されていないという事実に対してだったということです。 ショートショートを書くことがどれほど大変なことか、身を削ることなのか。 それが理解されていないことに対する怒りだったのだと思います。 ショートショート一篇は、長編一本と同等であるべきだということだったと思います。

 星さんが、本気で怒ったのを見たのは、それが最初で最後でした。 とても、大切な経験でした。 星さん、ありがとうございました。


2013年2月

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