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 寄せ書き 
南山宏(森優)「私なりの星語録」

超常現象作家・翻訳家
 星さんに初めてお目にかかったのは、まだ学生時代、同人誌「宇宙塵」の例会の席上だった。 例会出席自体が初めてだったので、先輩諸氏を目の前にガチガチに緊張しっぱなしで、何をしゃべったのかもまったく記憶にないが、後年ガチャピンのモデルにもなったユニークな容貌の野田(宏一郎)さん、べらんめえ口調の今日泊(亜蘭)さん(ジイさんと思ってたら意外にも50歳前だった)、そしてのっぽで白面の貴公子然とした星さん ― のお三人は、とりわけ個性が際立っていたせいか、印象が強かったのを憶えている。

 当時はSF(というより科学小説とか空想科学小説)の話さえできれば、酒などなくてもジュースだけで朝まで語り明かせるのがSF仲間(というより同志?)だった。 同世代の豊田(有恒)さんや平井(和正)さんとはそれでたちまち意気投合したが、年上の人たちとも心の中では同等のつもりで、言葉遣いはともかく精神的にはほとんどタメ口(という言葉すらまだなかったが)で議論したものだ。 星さんは10歳も年長だが、若いわれわれがゴー慢横ヘイに議論をふっかけても、終始にこにこと同じ土俵、同じ目線で相手してくださり、どんなときも上から目線の態度はとらなかった。

 マージャンの卓を囲むと、性格が正直に出ると言われているが、星さんに限ってはふだんと少しも変わらなかった。 ある時期、毎年年始めに星さんのお宅に集合して、朝まで卓を囲むのが恒例だったが(メンツは豊田、平井ご両人のほかに田中光二、高斎正など)、星さんは大勝ちしても勝ち誇らないし、負けが込んでも機嫌が悪くなることはなく、いつも悠然と自分の手造りを楽しんでいた。

 たとえハコテンになっても、点棒を数えながらこんな“星語録”をよく口にしたものだ。 「これが点棒だと思うと腹が立つが、金だと思えば腹も立たない」。 当時の相場よりはるかに低いレートだが、一応は小額ながら遊びで賭けていたからだ。 たしか、いわゆるテンニ=千点につき20円だったと記憶している。

 余談だが、平井さんがSFマガジンに『星新一の内的宇宙』という実名ショートショートを書いたことがある。 日本のSF界がじつはすべて星さんの妄想世界だったというオチだが、そこにマージャンの話も出てきて、豊田夫妻は“鬼夫婦”(豊田邸でもよく卓を囲んだ)、私は“雀鬼”と怖れられて(?)いた。

 正直言うと、学校の寮にいたときに鍛えられ、編集者になってからもよくパイを握っていた私からすると、当時の日本SF界の面々のマージャンの腕前は、たぶん草野球か草サッカーのレベル以下、小松(左京)さんや筒井(康隆)さんなどはパイを握る手つきさえおぼつかなかった。 ただし例外は石川(喬司)さんと大伴(昌司)さん。 当時の日本SF作家クラブ会員の親善旅行先でよく卓を囲んだときも、笑って見ているだけで、めったにわれわれの相手にはなってくれなかった。 (ただし、第二世代以降のSF作家たちについては手合わせしたことがないので、この限りではない)

 余談の余談だが、私自身はこう見えても早川書房の全社員マージャン大会初代チャンピオンである。 といってもあんまり自慢にはならない。 後年、日本推理作家協会に入会したさい、恒例の正月マージャン大会に出て腕試しをしたら、中間賞というのをもらった。 参加者数十人中で順位がちょうど真ん中だったのだ。 要するにアマチュアとしては平均レベルということだろう。

 話がちょっと前後するが、私は早川書房に入ってほとんどすぐに、南山宏その他のペンネームを使って翻訳の内職も始めた。 かたわらSFマガジン編集長の福島(正実)さんに推薦されて、星さんの下訳者としてフレドリック・ブラウンの『電獣ヴァヴェリ』など数本の翻訳をお手伝いしたことがある。

 あらかじめ星さんから「自分は当用漢字表と人名漢字表にない漢字や感嘆符、疑問符は使わないから」とお聞きしていたのでそれを忠実に守り、また星さんのショートショートの平明簡潔で文節の短い文体を、極力真似るように心がけた。

 活字になった星さんの翻訳をおそるおそる読んで、びっくりすると同時に心配にもなった。 ナオシらしいナオシがほとんど見当たらなかったからだ。 「森君の力を信用したからね」というのが星さんの褒め言葉だった。 えらく恐縮するとともに内心、自分の翻訳力にちょっぴり自信がついたのを憶えている。

 “星語録”の話に戻れば、ひと頃みんながよく聞かされたのは、「先祖が〜を絞め殺した祟りだろう」で終わる落語の合わせオチみたいな、いかにも星さんらしいジョークだ。 詳しくはすでに豊田さんがこの寄せ書き欄で紹介ずみなのでそちらを参照してほしいが、私がじかに聞いたひとつは、届くはずの郵便物が届かないと不満をもらす人バージョンで、「きっとご先祖様が飛脚を絞め殺した祟りだろう」と因果をこじつけるものだった。

 同じ伝で学校とトラブった人なら、先祖が絞め殺した相手は寺子屋の先生になり、以下タクシー運転手とトラブれば駕篭かきに、銀行とトラブれば両替商に、警察とトラブれば町奉行所同心にというわけだ。

 こう文字にしてしまうと他愛なさすぎて、面白さがピンとこないかもしれないが、その場にいて星さん独特の口調と言い回しで当意即妙に聞かされると、誰でも思わずプッと吹きだしてしまうのだ。

 星さんは自然に周りに人が集まるような太陽のようなお人柄だった。 その人柄から発される目には見えないが強いオーラが影響してか、ひと頃はSF作家クラブの主要メンバーに、星さん独特の口調と言い回しとイントネーションが伝染して、みんなが星さんと同じようなしゃべり方をするようになったことがある。

 しかも、それが私のような没個性的な凡人より、なぜか小松さん、筒井さん、大伴さん、平井さん、豊田さんといったいずれ劣らぬ強い個性の持ち主たちほど、まるで申し合わせたように同じしゃべり方に染まってしまったのは、はたで見ていてもじつに興味深かった。 もっとも、今日泊さん、矢野(徹)さん、光瀬(龍)さんなど、星さんと同世代以上の先輩諸兄はさすがにそうはならなかったが……。

 いわゆる典型的な“星語録”の中には、いろいろな意味でいささかヤバすぎるというので、これまで紹介されたことのないタブー的なものも多いが、ここではもう時効ということにしてしまおう。

 私がやはり直接この耳で聞いて吹きだしてしまったのは、東京の街頭でとある交番の前を通り過ぎてから、星さんが悪戯っぽく目を輝かせながら、こう呟いたときだ。

「あの交番の前にさりげなく十円玉を落としておいて、あのお巡りさんがそっと拾ってネコババするかどうか見張っていようか」

 もちろん本気でやる気はなかっただろうが、星さんもそこは作家で、無邪気な言動の陰に秘められた反権力的意識をかいま見させてもらったような気がする。

 もっとドギツくて、さすがにここでも一部に伏せ字を使わざるをえないが、やはりSF作家クラブの旅行で大阪に行き、とある駅頭に降り立ったときのことだ。 星さんは何を考えたのか、いきなり同行者たちに無邪気に言い放った。

「ここでもし××って叫んだら、どんな騒ぎになるか、試してみよう!」

 とっさにそばにいた筒井さんが、顔色を変えて星さんに飛びつくと、苦笑いしながら両腕を抑え込んだものだ。

「ダメダメダメ、それだけはやめて!」

 生まれも育ちも関東人の星さんには、さほど実感のある言葉ではなかったのかもしれないが、じつは××の部分は、関西人にとっては口にしてはいけないきつい差別用語の一種だった。

 当時はいわゆる“言葉狩り”やマスコミによる“自主規制”が今より行き過ぎていた時代だったから、おそらく星さんの心の内には、そんな時代の風潮に対する嫌悪や反発があったのにちがいない。

 このとき必死に星さんを止めた筒井さん自身が、ずっと後年、言葉狩りや過剰な自主規制にいろんな形で抵抗し、ついには断筆騒動までひき起こす結果になったのは、関係者なら周知のことだ。

 しかし驚いたことに、星さんはこれに懲りずにその数年後、この“××絶叫実験”をとうとう実行してしまったらしい。 たまたま私はその場に居合わせなかったが、今度は小松さんたちが窓際で叫んでいる星さんをあわてて止めに入ったとか。 詳しくは本欄の鏡明さんの項を見てほしい。

 この九月までやっていた世田谷文学館の「日本SF展」で、筒井さんの若い頃の下書き原稿が展示されているのを見た。 わら半紙一枚が全面にわたってびっしりと、豆粒みたいに小さくて几帳面な書き文字の列で埋め尽くされていた。

 もちろんこのSF展には、星さんの同じように細かい字で記された下書き原稿も展示されていたが、私が筒井さんのそれを見たとたん思い出したのは、編集者時代に星さんのお宅に伺ったとき、書斎で初めて明かしてくれた思いがけない“創作の秘密”だった。

 豆粒どころか米粒大の細かい文字が、わら半紙一枚の隅から隅までぎっしり縦書きされていて、大柄な星さんの体とその米粒みたいな文字群との絶妙なコントラストが、なんとも言えず可笑しく感じられたのを、今でも憶えている。

 それでいて清書原稿のほうは打って変わって対照的に、専用原稿用紙の大きな横長マス目いっぱいに一字ずつ、どちらかと言えば子供っぽくさえ見える星さん独特の筆圧の高い大きな文字が、いつも万年筆できちんと丁寧に清書されていた。

「こうすればわら半紙一枚で、ショートショート一本分の書き出しからオチまでが、ひと目で見渡せるからね。 まあ、裏まで必要になることもあるけど」

 星さんはそう説明してくれた。 いまさら悔やんでも後の祭りだが、星さんの生涯ゆうに1000篇を超えるショートショートのうちのどの作品の下書きだったのか、あのとき私はタイトルまできちんと確認しておくべきだった。

 今となっては懐かしい思い出だが、もうひとつ私だけに向けられた“星語録”も忘れられない。 「森君、UFOってやっぱり幽霊だろう?」

 若い人は知らないかもしれないが、同人誌「宇宙塵」(旧名・科学創作クラブ)は、日本最初のUFO研究団体・日本空飛ぶ円盤研究会(代表・荒井欣一)の分派組織として出発した。 この研究会は三島由紀夫や石原慎太郎も会員だったことで、当時有名だった。

 星さんも同研究会の機関誌「宇宙機」に、星さんなりのUFO論を発表したことがある。 だから上のUFO=幽霊説も、SFとともにUFOなど超常現象にも足を突っ込んだ私をからかうために言ったのではないことは確かだが、まだ若かった私はいまひとつ星さんの真意を測りかねたのも事実だった。

 しかし、今世紀最先端を行く量子物理学から誕生した量子宇宙論では、時空を超越するUFO現象も幽霊その他の超常現象も、同じ量子の原理に基づいて説明できる可能性が高まっているという。

 偉大なSF作家の魂は、持ち前の直感力と感性でこの大宇宙に秘められた真理をみごとに見透していたのだと、現在の私は確信している。


2014年11月

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