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 寄せ書き 
荒巻義雄「星新一の秘密、再発見」

作家
 運気が人生最悪だった1961年の秋、私は、東京の小さな教育出版社を辞めて、郷里の北海道へ都落ちした。 きっかけは、前年の60年安保闘争とその挫折であった。 東大生の樺美智子が圧死したとき、私は催涙ガス漂う騒然とした国会議事堂前にいたのだ。

 9年振りの帰郷後は、祖父以来の家業であった建設業の仕事に携わったが、この世界で付きあう人々は、これまでとはまったく別の人種だった。 まもなく結婚もし、子供も生まれたが、やりたいことと実生活との乖離に悩んでいたのである。

 SF同人誌「CORE」に参加したのは、1965年、32歳のときだ。 実生活のフラストレーションを、書くことで昇華しようと、私は必死だった。



 実は何かの因縁というか、札幌の北1条西3丁目にあった父の会社兼住宅の隣にあったのがホシ伊藤という薬品卸業の会社で、私が帰郷する直前の5月、帯広から本社を移していたのである。

 知る人は少ないと思うが、この会社は1915年に帯広の真鍋若松堂に丁稚として入った伊藤経作という人物が、1921年に十勝の本別で伊藤薬局を創業した会社である。

 ところが、製薬業界の風雲児、星一氏の会社〈星製薬〉の十勝地方販売会社として転身をはかったのが契機となり、その後、関係は切れたものの、星製薬の星をホシに代えて合名会社ホシ伊藤商店となったのである。



 この星一氏のことは、別冊「文藝春秋」が初出の『人民は弱し 官吏は強し』に書かれているが、実は、これを「CORE」8号(1966年4月)で取り上げていたのである。

 以下に抜粋するが、「単に子が親について語ったいわゆるしみじみした随筆なんていうなまやしい代物ではない。 星製薬社長星一氏が時の権力の権謀術数に対抗して闘う話が事実の重さによってぐいぐい僕を引きつけ、250枚を星さんの本領はこれなんだ、これなんだと叫びながら一気に読みました」

 次号9号(同年9月号)に星さんからのメッセージがあり、「御誌ますます立派になってきました。 〈最後の春……〉は力作と思いました。 胎児消失と、ファージの組合せも新鮮です。 しかし、ファージについてもっとスペースをさいて、詳しく描写しないと、わかりにくい読者もあるでしょう。 枚数を気にせず、充分に書くべきだったでしょう。 フィニー論もいい試みです。 外国の作家論を次々となさったらいいと思います。 独自な視点の巨視的な作家論は有益でしょう」
 との親切な助言のあとで、「小生の別冊文春の作を、おほめいただき恐縮です。 SFをほめられたよりもうれしい。 となると暴言(註:誤植? 妄言多謝の妄言かも)の如くですが、事実そうです。 なぜそうなのか、ゆっくり考えてみるつもりです。星新一

 当時は作家とファンの間に同志的交流があり、それが励みになった。
 註:「CORE」のお便り欄(コージーコーナ)には、筒井康隆さん、手塚治虫さん、野田宏一郎さん、矢野徹さん、袋一平さん、山野浩一さん、柴野拓美さんなどの名前がある。



 6号(1965年12月)では、「コアをお送りいただきありがとうございました。 〈税金ロボット〉にはたいへん感心しました。 アイデアがすばらしく、文章もよくユーモアもあります。 税金が何に使われるのかは伏せてある点も、恐怖を盛り上げています。 乱作をせず、このような作を着実に伸ばされるよう祈ります」

 7号(1966年2月)のコラムには、私が筒井さんから聞いたエピソードとして、ゴルフの室内練習用の球が入ると飛び出す用具を二つ室内に設置、二つのホールの間に球道が付いており、行ったり来たり……。 星さん、残酷な笑みを浮かべながら、曰く「機械の無智の哀れさよ」

 もし、星さんが生きていて、AI同士が将棋を指し、碁を打つ、いわゆるディープ・ラーニングを見たらなんと言うだろうか。 とにかく、後進たちは、小松左京さんからはその知識量に圧倒され、星さんからは発想の仕方を学んだのである。

 星さんの魔力で、私もパラダイム・シフトさせられた一人だったと言っても過言ではない。 いち早く、思考の枠組みを代える重要さに気付いたからこそ、私もSF作家になれたのである。

 つまり、〈非常識の常識〉である。 タクシー運転手をつかまえて「おい、車曳き」と言えるかどうかの差が、プロとアマチュアを分ける。 これがプロダムへの狭き門を潜り抜ける秘訣だったのである。



 星さんは一度も口にはしなかったが、私にはわかっていた。 24歳のとき父親に死なれ、急遽、星製薬の社長にならなければなかった試練は、経験した者でなければわからない。 私自身、零細企業ながら、大変、苦労した。 経営規模の差はあっても、世間というものがどういうのか、経営者の苦労と孤独感いう共通の経験が、以心伝心で私にはわかった。

 当時、まだ40名に満たなかった頃のSF作家クラブは、私の精神をリフレッシュさせてくれる唯一の場であり、アジールでもあったのである。

 星さんにとっても、100パーセント、気の許せる場であり、小松さんとの超絶問答が精神のバランスを回復させていることもよくわかった。

 むろん、以心伝心の関係であったが、ある期間、星さん宅へ〈あらまき賞〉と称して丸亀の特製新巻鮭1本を贈った理由でもある。



 今回、マリナさんの指名を受けて、〈寄せ書き〉に書かせてもらったが、あらためて星新一さんの影響力の大きさがわかった。 あえて、星さんをマニエリストの眷属けんぞくの一人と私は呼びたい。 その理由は、水平思考あるいは対角線思考というか、意外な発想法を身につけておられたからである。

 あるいは、デペイズマンでもいい。 無関係なものを組み合わせて、一つに仕上げるシュールレアリスムの手法であるが、星さんの発想のおもしろさの秘密は意外性である。 星さんが、わが国に定着させたショート・ショートの本質的な意味、あるいは意義も、そこにあるのだ。

 先の〈車曳き〉の例も江戸時代にあったものを現代に移すという意味で、場所のデペイズマンである。 シュールレアリストの画家が多く使う手法で、たとえばルネ・マグリットでは、野球をする二人の上空で黒い亀が飛んでいる「秘められた競技者」。 あるいは巨大な石塊が空中に浮かぶ「ピレネーの城」。 青空の下にある夜の館の「光の帝国」など。

 ひょっとすると、星さんの書斎にはマグリットの画集があったのかもしれないと想像するが、星さんの「終末の日」では、現実とばかり思って読み進めた読者が、最後でそれがちがうことを知らされる。 こうした受け手を驚かせたり、途方に暮れさせる手法がデペイズマンである。

 プロ入りのきっかけとなった「セキストラ」では、最後の最後で、まったく場違いなものがでてくるから、これもデペイズマンの一種だと思う。

 私は『ひとにぎりの未来』の文庫解説を担当したが、この中で “観念崩し” とか “常識の粉砕機クラッシャー” と表現したのも、言い換えればデペイズマンである。 ジャック・デリダの哲学用語で言えば “位置ずらし” “中心ずらし” である。 そういう意味では、星さんはすでに、1960年代後半から70年にかけてのポスト構造主義を、先取りしていたと言うことも可能である。

 同時に、あえて付け加えたい。 星さんは〈明るいニヒリスト〉だったのではないだろうか。 心の奥の、そのまた奥に〈虚無〉があるが、〈白光の虚無〉である。 だからこそ、この白い虚無が時代精神となりつつある21世紀の現在、再評価どころか、星文学の積極的再解釈が加速されるにちがいない、と私は思う。


2018年5月

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