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 寄せ書き 
八島游舷「読者が考える文学」

日経「星新一賞」グランプリ受賞者
 私が星新一から学んだものは、社会の諸問題に対する考えを、力まない風刺で表現する姿勢であろう。
 星新一作品、たとえば「午後の恐竜」は、鮮やかな発想の転換で人類の運命を描く。
 「きまぐれロボット」は、掃除ロボットやパソコンのしつこいトラブルに日々悩まされる、二十一世紀の我々の心に響く。
 ショートショートであるからこそ長編ではぶれてしまう問題意識を明確化し、本質に迫ることができる。
 連作短編的な『声の網』でも、インターネット社会でのプライバシー侵害、オンライン・ショッピング、個人情報の追跡などを、様々な角度から予見したといえる。 いずれも五十年ほど前に書かれた作品である。

 このような大胆な思考実験は、SFの特色の一つである。 SFでは、現実逃避ではなく、現実から距離を置いた架空の世界や状況を創造して、新鮮な角度から現実を見つめ直すことができる。 だが、昨今はこのようなことを言う人は少ないようだ。
 あるSFの集まりで、SFと社会との関わりについて質問したことがある。 その場にいる参加者には「なぜそんなことを聞くんだ?」と思われたらしい。
 残念ながら星さんには直接面識がないので、私の星新一像は、彼の著作とこの寄せ書きから作られたものである。
 それでも、なんだか星さんなら私の言いたいことを理解してくれる気がして勝手に親近感を覚える。

 星新一作品のように、社会や哲学を考える小説がもっと出てもよいのではないか。
 そういう思いで拙作を書いてきたし、これからもそうするつもりだ。
 今、SF小説・映画の中の哲学を考える講義 "Sci-Phi: Science Fiction as Philosophy" をオーディオブックで聴いている。 この講義では、『マトリックス』での自由意志の問題、『コンタクト』での信仰と科学の関係、『ガタカ』での遺伝子操作の倫理性などのテーマが扱われている。
 現在と未来の社会にかかわるこのような普遍的なテーマはSFならではのものであるし、もっと関心を集めてしかるべきだろう。

 私は「Final Anchors」で第5回日経「星新一賞」グランプリ、「蓮食い人」で同優秀賞を同時に受賞させていただいた。
 「Final Anchors」では、2台のAI自動運転車が衝突寸前の0.5秒で対話し、生き残る人間を決める。 AIが人間の命の軽重を扱わざるを得ない状況、いわゆるトロッコ問題(正確には路面電車問題なのだが)を扱っている。 この作品は、英語で行う哲学カフェSocrates Cafeでの議論で着想した。 「蓮食い人」は、人間の脳をハイジャックするランサムウェアを扱う。
 星新一賞は第1回から欠かさず応募して、3回、最終選考まで残った。 決して楽して取ったわけではない。
 星新一賞のグランプリを目指すことが、ゲンロン大森望SF創作講座の第2期を受講した理由の一つであった。
 「Final Anchors」と第9回創元SF短編賞を受賞した「天駆せよ法勝寺」は、ゲンロン大森望SF創作講座を受講中に提出した作品がベースになっている。 後者は、九重塔が宇宙船となり彼方の星にある大仏を訪れる話だ。 この「天駆せよ法勝寺」が受賞したときの選考委員のお一人が新井素子さんである。 新井素子さんは星新一に見出されたとのことだから、星新一という存在なしには私はこれらの賞を3つとも取れなかったことになる。 うへえ。 ありがたや。

 読者を熱狂させ、陶酔させるのは文学の一つの在り方だ。 また一部のライトノベルやネット小説のように、現実逃避と欲望充足を提供するのも文学の機能の一つだ。
 これらの機能を認めた上で、私は自分の作品で「読者に問う」ということを文学のより重要な機能と位置づける。
 あなたはどう思うのですか?
 幸せについて。
 人間という愛憎と矛盾に満ちた存在について。
 AIに席巻される社会について。 AIは結局のところ人間を幸せにできるのか?
 「AIによって人間の仕事が奪われることはない」という楽観的意見を目にするが、とんでもない。 現実に翻訳者の仕事の一部は機械翻訳に取って代わられている。 このような事柄についてもっと考えてみたいし、読者にも考えてほしい。
 「天駆せよ法勝寺」では仏教がテーマであり、宗教は陶酔ではないか、と思われるかもしれない。 しかし、仏教、少なくとも禅宗は、比較的、自己批判が発達している面を持つ。 さらに本作内で登場する「佛理学」は仏教と科学の融合であり、その作中での存在意義は、仏教を科学から、科学から仏教を見つめ直すことでもある。
 手塚治虫がよく用いたヒョウタンツギなどのコミック・リリーフも古典的な手法ではあるが、陶酔から覚醒させる効果を持つ。
 創造の世界に読者を叩き込んだ後は、ブラック・ユーモア、異物感などの要素を取り入れて、現実に引き戻したい。
 この点でも、星新一のオチの切れ味に学ぶことがある。

 星新一作品のもう一つの優れた点は、すっきりとした文体と明確な論理構成である。
 SFを含め、本を読まない人が増えている。 その要因としては、スマートフォンの普及の他に、日本の教育の問題がある。
 私は、企業での翻訳プロジェクトに関わる関係で、日頃から理系技術者の日本語作文に悩まされている。 英語は論理に基づいて構成される言語だ。 日本語作文は論理的一貫性が必須ではないので、英語に翻訳しづらい。 翻訳者が文章の論理構造を一から作り直すことになる。 日本人の数学の成績は優れているのに、文章での論理的一貫性は苦手らしい。
 翻訳しても残る、普遍的なアイデアこそが時代や文化を超えて支持される。
 星新一のショートショートは、そのような普遍性を備えている。 星作品は、なんとなくもっともらしいが定義しようとすると空っぽな言葉や、軽薄な美辞麗句に頼らない。
 星さんは、読者にしっかり伝わる言葉と、文章の分かりやすさの重要性を深く理解し、実践されていた。
 今後、日本語の小説はどんどん外国語に翻訳して海外に紹介するべきだろう。 私も「グローバル小説」を目指して、当初から自分で英訳する予定で拙作を書いている。
 日本語(「国語」)だけでなく、現在の学校英語の方法論には大いに疑問がある。 動機付けや作動記憶による、より科学的なアプローチが可能なはずだ。 少々間違った英語でも恐れずに情報発信したほうがよい。
 小説、特にSFは、クール・ジャパンから取り残された感がある。 インフルエンサーや本のキュレーターが外国語能力を磨いて、多くの日本語作品をSNSで海外に紹介してくれることを願う。

 小説、特にSFの読書は、「考えるゲーム」である。
 この「考えるゲーム」を楽しめるようになるには、学校で、もっと「考える訓練」をしなければならない。 国語、英語、社会の授業では、言語能力を磨き、ディスカッションやディベートをしなければならない。 政府、メディア、広告に陶酔するのではなく、嘘があればそれを見抜けるようにならなければならない。 これらの能力は、文系・理系にかかわらず重要だ。 ユダヤ教やチベット仏教では、宗教でありながら、聖典をそのまま受け入れるのではなく、議論し、解釈することが重要と言われている。 このような能力の必要性が分からない教育者はどうかしている。
 星新一の作品にしても、議論して深く考えることで、さらにその輝きを増すのではないか。

 一方で、理系技術者には柔軟な文学的想像力も必要と痛感する。 技術文章では論理が飛躍する一方で、アイデアや将来のビジョンが貧弱では、旧来の枠を打ち壊すことができない。 想像力は鍛えることができるし、鍛えなければ育ちはしない。
 日経「星新一賞」の唱える「理系文学」が発展すれば、論理と想像力のバランスが取れるのではないだろうか。
 中国ではSFを含めコンテンツ業界が国家の多大な支援を受けているらしい。 表現の自由の観点からは、国家によるアーティスト・作家の支援には賛否がある。
 その点で、星新一の偉大な遺産の一つであり、多くの企業の支援を受ける日経「星新一賞」の今後に期待したい。

八島游舷ウェブサイト


2019年5月

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