星新一賞への投稿の記録を調べたら、なんと今回が10回目の応募でした。
よく応募したなあ、よく落ちたなあ。
普通9回も落選したら、その賞は自分には合わないと判断し撤退するものでは……。
しつこく応募し続けたのには、二つの理由がありました。
ひとつには、純粋に星新一さんの作品が好きだから。
安房直子さんと星新一さんは、私の創作の二大源と言っても過言ではありません。
またひとつには、星新一賞の理念「理系的発想」は良いけれど、もちょっと文系的発想も欲しい。と思ったからです。
これまで受賞作の主流はSFで、そのことに私は、すっきりしないものを感じていたのです。
星新一さんは沢山のSFをお書きになったけれど、科学的論理を基盤にしていたかといえば、そんなことはないでしょうと。
はじめて「ボッコちゃん」を読んだ時、(え? そのシステム、お酒の味が混じっちゃうよ)と気になったのですが……。
今なら断言できます。
いいえ、混じりません。
星新一さんが、おっしゃるのだから、ボッコちゃんから回収されるお酒は、客たちが美味しくいただきます。
同様に、星さんが宇宙船と言えばそれは宇宙船であり、ロボットと言えばロボット、宇宙人といえば宇宙人なのです。
動力源とか内部構造とか生態とか、考えてはいけない。
ジュール・ヴェルヌに通じる空想科学万歳です。
サイエンス・フィクションならぬ、サイエンス・ファンタジー、少し不思議な物語が、グランプリをとってもいいじゃない。
だって星新一さんは、そういう作品もたくさん書いたし。
(「生活維持省」のラストの、なんと叙情的なことか)
詩的で幻想的な話が読みたいなあ。
いっそ自分で書いちゃえ。
というのが応募を続けた理由です。
おそれ多くもグランプリをいただきましたが、私の作品を読んで、「あ、こういう方向でもいいんだ」とか「いやいや、これは違うでしょう。もっとさあ……」など、第12回に続く種の一つとなれたら嬉しいです。
さて、星新一さんの作品との出会いなどについて。
最初に手にした本はオーソドックスに『ボッコちゃん』だったのですが、次が『声の網』と『白い服の男』で、これは強烈な読書体験でした。
前者は得体のしれない不気味さ、後者は輪郭のはっきりした恐怖を、私の心に植えつけました。
とりわけ衝撃的だった「白い服の男」は記憶の中で文庫本一冊分の長編になっていて、この間40年ぶりくらいに読み返したら、30ページに満たない短編だったことに驚きました。
発表されてから半世紀が過ぎても、古びることなく、今日この時を描いたような作品たち。
星新一さんは、まるで明日を見るように、はっきりと未来を見ていたのでしょう。
決して薔薇色ではない未来を。
毒もあるけれど甘みもあって、冷たさと優しさが絶妙なバランスをみせる星新一さんの作品群で、私が特に好きなのは、「生活維持省」「処刑」「包み」「地球から来た男」「冬の蝶」などなど。
死や孤独、様々な、思い通りにならない状況におかれ、最後には、諦観ともいえる穏やかな心情にたどり着いた人たちの物語です。
人生を豊かにするために読み、絶望に抗うために書く。
星新一さんの作品は、私にそんな覚悟と勇気を与えてくれます。
2024年6月
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