星新一をはじめて読んだのは、いつのことであったろうか。
おそらく、二十歳前後であったはずだから、四十年以上昔のことである。
以来、基本的に、本になっているショートショート、および小説は、たぶん全部読んでいるはずだ。
『進化した猿たち』や『きまぐれ星のメモ』などのエッセイもかなり読んでいるので、ぼくは星新一のよい読者であったと思う。
ただ、実際にお会いして話をする機会というのはあまりなくて、パーティなどで御あいさつをする程度であったというのが、今思えばなんとも残念であった。
だから、こういう文章を書く時に、みんなの知らないぼくだけの星新一のエピソードを書ければいいのだが、それを書くだけの材料の持ち合わせがないのである。
今さらここで、作品論を書く柄でもないので、次のことを告白しておきたい。
実は、今、内緒で違うペンネームで、小説を書いているのである。
しかし、ちらほらと雑誌などで活字にはなっているものの、まだ本になるほどの量がないので、出版されるのは来年あたりかと思う。
なんで、こんなことをはじめたのかというと、急に、再デビューをしたくなったからだ。
夢枕獏の名前で小説を書くと、その本をどういうかたちで、どう出せば、どれだけ売れるかということが、なんとなく見当がついてしまうのである。
そりゃあ、売れる本、売れない本があるのだが、それなりの予想はつくのである。
夢枕獏の本だからと言って、買ってくださる方もいるかわりに、夢枕獏の本だから買わないという方もおられるのである。
そういうものを、一度、まっさらな状態にして、もう一回デビューをしたいと考えるのは、作家としてかなりまっとうなことであるような気もしているのであります。
しかし、相談をした出版社の多くは、
「いやいや、夢枕獏の名前でないと困ります」
ということで、なかなかこの試みは実現しなかったのだが、それでもいいよと言ってくださるところもあって、ぽつりぽつりと新ペンネームの原稿を書いているのである。
で、それがどういう原稿であるかというと、これがつまりショートショートなんですね。
これまで、ぼくが書いてきた物語の多くは、長いものであった。
二十年、三十年以上書いてきたものが多く、『魔獣狩り』をはじめとして、物語自体の長さもさることながら、書いてきた年月も長い。
『キマイラ』シリーズや、『餓狼伝』などは、まだ終わっておらず、今も書き続けている最中なのである。
だから、新しいペンネームでやるのは、おもいきり短いものをということで、ショートショートを書いているというわけなのである。
しかし、ショートショートと言っても、これはすでに星新一という巨大山脈がそびえていて、あのスタイルでは透き間がない。
だから、実際に書いているのは、ショートショートというよりは、掌編と呼ばれるものに近い。
短いものでは、ほんの数行。
長いものでも十枚ちょっと。
稲垣足穂の『一千一秒物語』に近いところもある。
残念ながら、どこで、どのようなペンネームでやっているかは書けないのだが、たとえば、新作をひとつここで書き下ろしておくと、次のような話――
夜の食事
わたしの中に、こわい魔物が棲んでおりましてですね、夜になると、知らぬうちに妻や子を喰うてしまうのですよ。
もう、三人。
好きですよ。
愛してますよ。
だから食べちゃうんですよ。
妻を喰う時はですね、愛しい愛しいと耳もとで囁きながら、その耳から脳みそを吸うてやるのですよ。
妻は、
「痛い、痛い……」
と泣くんですが、これがなんとも愛しくてですねぇ。
子供はですね、女の子がいいですよ。
四歳か五歳――
そりゃあ可愛くてねえ。
寝ているお尻をむき出しにして、肛門に口をあてて、こう、吸ってしまうのです。
内蔵からなにから、ぞぞぞぞぞとぜんぶ――
いやがるんですが、苦しむんですが、その様子がまた可愛くて可愛くて、もうたまらなくてねえ。
でも、可愛いけれど悲しい。悲しいけれどやめられない。
ですから、わたしも泣きながら、妻と子を喰ってしまうんですよ。
はい。
どうしてもやめられないんです。
ですから、あなた、わたしと結婚したいだなんて、そんなことを言っては絶対にいけませんよ。
ね。
こんなかんじのやつを書いてるのです。
告白しました。
こんなのを書く、新しい作家を見つけたら、それ、ぼくですから。
2013年5月
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