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 寄せ書き 
立原透耶「永遠の教科書、永遠の魅力」

物書き・中華圏SF追っかけ
 小学三年生の時に、家庭訪問に来た担任に「作家になりたい」という夢を話したら、毎朝ホームルーム前の十五分を利用して、クラスメートに短いお話を物語るようにと言われた。 最初は昔話などから引用してアレンジしていたのだが(音読ではなく、自分の言葉で語るように、という指示だった)すぐにネタが尽きそうになった。 すると父親が「とてもいいものがある」と星新一氏の文庫本を貸してくれた。 もちろん夢中になって読みふけり、毎日一編ずつクラスメートに紹介した。

 残念なことに夏休みで転校してしまったため、朝のお話会はそれで終わってしまったのだが、星新一作品への愛情が減ることはなかった。

 小学校、中学校、高校と折に触れて作品をノートに書き写し続けた。 模倣した(今ではいえばパクリ)作品を何本も書いてみたりもした。 原稿用紙五枚以内に収めるという書き方を身につけ、文芸部でもショートショートを発表し続けた。

 大学生になると、「SFマガジン」の「リーダーズ・ストーリィ」にも投稿を開始。 五枚以内という規程をはみ出すことなく、デビューが決まるまで不定期に投稿を続けた。 (選評は載っても、作品自体が掲載されることは残念ながらなかった)


 また大学生の頃から塾や予備校で、国語や小論文の授業を担当するようになった。 そこで出会った生徒たちの一部は、会話はできるものの、日本語が読めない・書けないという状態だった。 もちろん教科書や参考書を読むことのできるレベルではない。 そもそも読もうという気力すら湧かないのである。 このままでは進学できない。

 悩んだ末に思いついたのが星新一作品を読ませる、ということだった。 最初は音読してみた。 するとだるそうな顔をしていた生徒たちの目がみるみるうちに輝いてきた。 オチの部分で「わあっ」とか「ああっ」という声が漏れた。 驚くほどの集中力と食いつきだった。

 これはいける! 私は確信した。

 そこで比較的短めの作品を指定して、各自で読んでもらった。 「面白い!」 声が上がった。 「もっと読みたい!」 文庫本のタイトルや出版社のメモを渡し、自分たちで文庫本を買って読むように指示を出した。 彼らは全員、漫画以外で初めて本を購入した。

 ……そして、見事にハマった。 みんなが夢中になって読み、塾の日には熱心に自分の読んだ作品について発表し、意見交換をした。

 「これってどういう意味?」 わからない単語や漢字についての質問が増えた。 と言うかそれまでそういった質問は皆無だったので、突然の質問ラッシュだった。 まさにうれしい悲鳴である。

 結果として全員の国語の成績が上がった。 志望校かどうかはともかくとして、みんながそれぞれ進学先を見つけた。

 ある意味、大勝利だった。

 その時にしみじみと実感したのは、小説の持つ力であり、星新一作品の持つ魅力だった。

 全く読解力がなく、漢字も読めない、読む気もない、といった生徒たちが、調べながらでも読みたい、毎日少しずつでも読んでいこうという気持ちになる……そんな作品には後にも先にも星新一作品以外に出会ったことはない。

 そして私自身、国語や小論文が得意だったのも、おそらくは小学校低学年の時から愛読し書き写してきた星新一作品のおかげなのだと思う。 (のちに作家デビューしたのも、今なお文章に関わる仕事についているのも、もちろん根っこに星新一作品があるのは間違いない)

 最近は留学生や大学生に日本のサブカルチャーを教えているのだが、必ず星新一作品を紹介し、みんなでショートショートを書くようにしている。 それまで星新一作品を知らなかった学生たちも少なからずいるのだけれども、彼らもやはりみんなその面白さに顔を輝かせ、自分でもいい作品を書こうと四苦八苦する。 そういったやり取りを続けていくうちに、創作の面白さや作品読解の楽しさを体感していくのだろう。

 私にとっては、星新一作品は永遠の教科書なのである。


 ……教科書といえば。

 星新一作品は古くから中国でも翻訳紹介されていて(どこまでが版権をとっていたのかは謎)、日本SFというと星新一、小松左京、筒井康隆の三名の名前が出てくるのだという。

 中でも幅広い市民権を得ていたのが星新一作品で、SF作家の韓松氏(中国SF四天王の一人)によると「SFと意識せずにみんな誰もが読んでいた。 僕の妻だって星新一の名前も作品も知っている。 その影響で中国でもショートショートが生まれた。 偉大な作家だ」、劉慈欣氏(『三体』作者、中国SF四天王の一人) 「中国の教科書に載っていたこともあるほどだ」とのこと。

 実際に中国における星新一作品に関する学術的な研究論文も執筆されるほど、中国では星新一作品が浸透している。 私自身も、かつて中国の学会で星新一賞と人工知能プロジェクトについて口頭発表したことがある。 その時一番に感じたのは、「星新一」といえば誰でも知っている、ということだった。 普段マイナーな分野を研究していて、発表しても「何それ」「そんなのがあるんだ」という反応が多い中、「ウンウン」という反応をいただけるというのは非常に新鮮であった。

 さらに最近では中国では空前のSFブーム。 新たな星新一作品集が出版され続けている。 これで子供たちに中国語を学ばせようという意図は明白である。 つまり、星新一作品は中国では子供たちの「国語教育」として重要な役割を担っているのである。 昔も、今も、そして未来も。 それは中国だけではない。 日本でだって同様である。 (大学生だって勉強になる)

 素晴らしい作品は国家や言語、文化を超えて愛され続けるのだという、お手本のような現象である。


2020年3月

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