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 寄せ書き 
小梶勝男「星の巡り合わせ」

読売新聞記者
 偶然に過ぎないとは思うが、奇妙な感覚が消えない。 星新一さんを巡っては、そんな出来事があった。

 話は子供の頃に遡る。
 高校卒業まで京都に住んでいた。 その頃の絶対的な愛読書は、星新一さんのショートショートだった。 小学校の高学年くらいから、書店で「星新一」の名前を見つけると、無条件で買った。 金があれば、の話だったが。 その面白さを友人たちにも熱弁し、何人かはファンに仕立てたほどだった。
 ところが、京都を離れて大阪の大学に入学した頃から、いつしか、星新一を読まなくなっていた。 ほとんどの作品を読んでしまったということもあるし、この頃、星新一さんも1001編を達成して半ば引退されたということもある。 だが、読まなくなったというより、その存在が不思議なくらいに、頭からストンと消えてしまったように思う。
 1987年に新聞社に就職してからはずっと東京か千葉に住んでいる。 記者になってから10年以上、星新一さんはご存命でいらっしゃったし、あれほど好きだったのだから、取材をお願いすれば良かったと今では思うが、なにせ、存在が消えてしまっていた。 もちろん、全く忘れてしまったというわけではないが、取材の対象として思いつくことがなかったのだ。

 意識に上ったのは、2016年3月のことだった。 フェイスブックを通じて、支離滅裂なメッセージが届いた。 京都に住む、小学校時代の同級生からだった。 イニシャルがNなので、星新一さんにちなんでエヌ氏と呼ぶことにする。
 たまたま取材で京都へ出張する前日だった。 わけの分からないメッセージに不安な気持ちになって、取材の合間に、エヌ氏には事前に知らせず、自宅まで会いに行った。 三十数年ぶりに会って初めて、エヌ氏は左半身が麻痺して外に出られない状態であることを知った。 精神状態もよくなかった。 そんな中で、「脳が半分しか働いていない」というエヌ氏と延々と語りあったのは、小学校時代の思い出であり、すなわちそれは、我々が星新一さんのショートショートを熱愛していたという思い出だった。
 そうだった。 あんなに星新一さんが好きだった。 なぜ、取材をしなかったのだろう、と突然思った。 それから星新一さんの本を少しずつ、読み直した。 読んでいて、奇妙な気持ちになった。 星新一さんがまだ生きていらっしゃるように感じた。 同時に、ずっと昔の人であるようにも感じた。 すぐ近くにも、ずっと遠くにも思える。 それは、星新一さんが書かれたショートショートが、時代に左右されない「寓話」だからだろう。 ユングによれば、昔話などの寓話は人類に共通の集合的無意識を表現しているという。 寓話が普遍的なように、寓話作家としての星新一も、普遍的な存在になっていたのである。 だからこそ、しばらくの間、その存在が消えていたのではないだろうか。 あまりに普遍的なものに、人は気づかないことがある。

 私は星新一さんについて、記事を書こうと思った。 それは2016年12月18日の読売新聞日曜版の「名言巡礼」という記事になった。 星新一さんと、彼が長年住んでいた、戸越銀座についての記事である。
 最相葉月さんの評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』を読んだ時は、これ以上もう書くことはないではないか、と絶望した。 取材をやめようか、とも思った。 星マリナさんにお会いした時は、写真で見た星新一さんの面影があったので、子供のころの星新一さんへの憧れがふいに甦った。 ドキドキして、取材がしどろもどろになった。 結局、最相さんの評伝から抜き書きしただけのような記事になってしまったが、何とか完成した。
 2016年のクリスマス・イヴに、マリナさんから、この「寄せ書き」への執筆をメールで依頼された。 その同じ日、普段はほとんど見ないフェイスブックをなぜか見る気になった。 エヌ氏と別の小学校時代の同級生から、エヌ氏が世を去ったとメッセージが届いていた。 死去したのは11月25日ということだったから、1か月も気づかなかったことになる。

 これらは全くの偶然なのだが、私の中では整理がつかない。 寓話の力のような気もするし、エヌ氏を通して星新一さんに導かれたような気もする。
 もう一つ、奇妙なことがある。 「名言巡礼」で取材をさせていただいた方々のうちのほとんど、すなわち最相葉月さん、星マリナさん、戸越銀座商店街広報の亀井哲郎さんは、私と同じ1963年(昭和38年)生まれなのである。 もちろんエヌ氏もそうだ。 この年代は、星新一ブームの渦中にいた世代でもある。
 同じ年齢の方々のおかげで記事ができたわけだが、それにもまた、星新一さんの意志のようなものを感じてしまう。 不思議な星の巡り合わせである。


2017年3月

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