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寄せ書き
太田忠司「悪魔のひとこと」
作家 |
僕が星さん――本当は星先生とお呼びしなければならない立場なのだけど、親しみを籠めてこう呼ばせていただく――の著作を初めて自分の小遣いで買ったのは1974年、新聞広告で発売を知った『ごたごた気流』だった。
当時の僕は15歳。
読書については奥手で中学2年の終わり頃まで自分から本を手にすることのなかった人間だったので、星さんについての知識もほとんどなかったと思う。
それがどうして少ない小遣いをはたいて買う気になったのか、その理由は今ではもう思い出せない。
でも、これが僕と星さん、そしてショートショートとの出会いであることは間違いない。
中学の頃から一転して読書の喜びを知った僕は、文字どおり貪るように本を読んでいた。
と同時に、小説を書き始めてもいた。
今から思うと笑ってしまうような誤解なのだけど、僕はその頃、小説を読むことと書くことをまったくイコールだと思い込んでいた。
読んで面白がる人間は、当然自分でも書くものだと信じていたのだ。
そんな僕にとって星さんの作品は格好のお手本だった。
なんたって短い。
すぐに書ける。
アイディアを考えるのも簡単だ。
こんなの、さっさと書いてしまえるぞ、と。
ああ、あの頃の僕ってなんて馬鹿だったんだろう。
ショートショートが短いってこと以外は、完全な勘違いだったのに。
ショートショートは楽には書けないしアイディアを考えるのも決して簡単ではない、という至極当たり前な事実に気づいていなかったのだ。
でもその勘違いが、僕をがむしゃらに進ませた。
とにかく思いついたことを書いていった。
書くことが楽しくて仕方なかった。
高校を卒業し大学に進んでも、書くことはやめなかった。
だから1978年に講談社文庫の「推理・SFフェア」のイベントとしてショートショート募集が始まったとき、躊躇うことなく作品を送った。
なんたって選者が星さんなのだ。
星さんに読んでもらえるのだ。
それだけで充分すぎるほど舞い上がっていた。
第1回、第2回と続けて送り、しかし入選もできなかった。
それでも諦めず第3回、このときは正式に「星新一ショートショートコンテスト」と銘打たれた作品募集の第1回となったのだけど、作品を送った。
それがなんと優秀作に選ばれた。
通知を受けたときには喜びを通り越して唖然としてしまったことを覚えている。
僕は、あの星さんに選ばれたんだ。
1981年3月28日、授賞式出席のため、生まれて初めて東京の土を踏んだ。
場所は有楽町の交通会館。
そこで僕は生まれて初めて、生きて動いている作家と会った。
もちろんそれが星さんだった。
第一印象は「でかい」だった。
あんなに長身な方を見たことがなかった。
作家ってすごいもんなんだなあと妙な感心をしたのを覚えている。
そのときのことを、僕は自分のホームページにアップしている。ちょっと引用すると、
星さんは、ほんとに背が高い。
頭もでかい。
そのでかい体を振り子のように揺らしながら、いくぶん聞き取りにくい発音でぼそぼとと喋るのです。
もとよりあっちの世界に行ってしまった僕には、星さんの言葉など聞き取れるはずもありませんでした。
実際、このときの星さんの言葉は、よく覚えていない。
ただ「受賞したからといって、すぐにプロの作家になれると勘違いしてはいけない」と釘を刺されていたことは覚えている。
僕ら年若い受賞者が人生を狂わせないようにとの心遣いだったのだろう。
しかし……。
同じくホームページから、その後の展開について引用する。
式の後は立食パーティとなり、他の受賞者や編集者、そして星さんとお話しすることができました。
なんだか一気に業界人になったような気分でしたね。
編集さんからは「いいものが書けたらどんどん送ってください。良ければショートショート・ランドに掲載しますから」と言われたし。
編集さんと受賞者以外にも何人かいたようですが、どんな人間なのかよくわかりませんでした。
あの手のパーティでは、誰なのかよくわからない人で満ちあふれているものなのだ、ということは、後の経験からわかってきましたけどね。
それ以上に驚いたのは綺麗な女のひとがたくさん会場にいて、お酒や料理を持ってきてくれたことでした。
「講談社の女性編集者って、美人が多いんだなあ」なんて感心してましたけど、あの人たちはコンパニオンさんだったんでしょうね。
やがてパーティが終わると、編集さんに連れて行かれて二次会へ。
場所は有楽町だったか新宿だったか、よくわかりません。
とにかくスナックでした。
(中略)
すごいカルチャーショックでしたね。
なんたって、煙草をくわえるとサッとライターの火をつけてくれる。
手洗いにいくとお姉さんが待っててくれてお絞りを手渡してくれる。
こんな経験、したことない。
僕だけではなくて、他の受賞者たちも完全に舞い上がっておりました。
その中のひとりが突然、感極まったように言いました。
「僕、生まれてからこんなすごい経験、したことないですよお」
そのときです。それまでぼそぼそぼそと話をしていた星さんが突然彼のほうを見て、星さん自身が書くショートショートによく登場する悪魔のような笑みを浮かべると、こう言ったのです。
「きみぃ、作家になればこんなこと、毎晩できるんだよお……」
この一言が、僕を今いるこの場所に連れてきた。
星さんはまさに、悪魔だった。
でも僕は、その悪魔に深い尊敬の念と親しみと、そして感謝の思いを抱いている。
自身のプロフィールを書くとき「星新一ショートショートコンテスト出身」と書くことに、誇りを持っている。
星さんの言葉とは裏腹に、作家なんて毎晩「こんなこと」ができるような派手な商売ではないのだけれどね。
2013年3月
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