寄せ書き
深田亨「お会いできなかった星先生に、いまも助けていただいています」
作家
私が初めて星新一先生の本を買ったのは、中学一年生のときでした。 冬のスキー合宿というのが学校行事であり、そのときに持っていくつもりで書店で購入したのです。 それは『ようこそ地球さん』と『悪魔のいる天国』の二冊、文庫本ではなく単行本で、イラストはもちろん真鍋博さんです。 これがたぶん星作品との出会いです。
もっともそれ以前に、NHKで放送された人形劇の『宇宙船シリカ』を見ていたのですが、当時は星先生の原作だとは知る由もありませんでした。 この番組も大好きで、のちになって「ビストロシリカ」という短い怪談風のお話にタイトルを使わせていただきました。
余談はさておき、上記の本を繰り返し読み、その影響もあってか短い童話風のお話をノートの切れ端に書いたりしていました。
大学生のころ、大阪のラジオ局の深夜放送で、眉村卓先生が金曜日のパーソナリティをされている「チャチャ・ヤング」という番組のショートショートコーナーに投稿するようになり、1972年に講談社から発行された『チャチャ・ヤング=ショート・ショート』というアンソロジーに初めて作品が掲載されました。
しかしここから、最初の休眠期に入ります。
十年後の1982年、ふとなにかで公募案内を見て、星先生のショートショートコンテストに応募したところ、幸運にも優秀賞に選んでいただきました。 現在の筆名とは違う別名義で応募したのです。 なぜかというと、たしか応募規定に「筆名可」と書かれていなかったからなのです。 もし選考に残ったとしても、ペンネームを使うと応募規定に反しているとされて、落選となるのを恐れたんですね。 我ながら真面目なことです。
受賞の知らせとともに、授賞式のご案内を主催の講談社さんからいただきました。 一度は出席の返事をしたのですが、その後、授賞式の日に会社の仕事が入ることになり、泣く泣く欠席の電話を入れました。 今から思うと、適当な理由をつけて休んでも困らないような業務だったのですが、やはり馬鹿正直だったんですね。
後日送られてきた当日の記念写真には、星先生を囲んで十一人の受賞者のみなさんが写っています。 1982年度の受賞者は十二人。 欠席したのは私一人だったようです。
ここからまた、長い休眠期に入ってしまいます。 その間に、星先生から意外なものが送られてきました。 日本作家のショートショート・アンソロジーを中国語に訳した本でした。
そこに私の作品
コンテストで優秀賞をいただいたもの
が掲載されていたのです。 ところが、当時いろんな事情で心身ともに「沈んで」いた私は、星先生にお礼状を書かなければと思いつつそれを果たさず、いただいた貴重な本も、そのころ何かの事情で自宅に来た中国人の若者に貸してあげたのですが、その後彼に会うことはなく、戻ってこないままになりました。
さらに私の休眠期は続くことになります。 二十一世紀を目前にした1999年に廣済堂文庫の『ホシ計画』に掲載していただきましたが、あとが続かず、やっと2007年に、当時参加していた同人誌で個人特集を出していただきました。 もちろん商業出版などではありません。 その冊子のあとがきに、以下のような謝辞を書きました。
『
私に文章を書くきっかけを与えて下さいました毎日放送チャチャヤング・ショートショートコーナーのご選考をされていた眉村卓先生と、続けて書く意欲を与えて下さいました講談社ショートショートコンテスト選者の故・星新一先生にこの本を捧げさせていただきたいと思います』
といっても、ご本人やご遺族に謹呈したわけでもなく、勝手にお名前を記させていただいたのでした。
その後この冊子がきっかけで、斎藤肇さんのご紹介で(採用されるかどうかは作品次第というハードルがありましたが)井上雅彦さんが監修されている《異形コレクション》にショートショートを掲載していただくことになりました。
また、2013年から小説作法について教えを乞うている高井信さんのつながりで、江坂遊さんともご縁が出来、ぼつぼつとショートショートのアンソロジー文庫に作品が掲載されるようになって、現在に至っています。
星先生には、私の都合で最初にお目にかかる機会を逃してしまってから、直接ご厚誼を賜ったわけでもなく、一方的なかかわりばかりを記させていただきました。 けれど、こうして振り返ってみると、高井さん、江坂さん、井上さん、斎藤さん、そして眉村先生と、この「寄せ書き」に登場する星先生とかかわりの深いみなさまに助けていただいて、ここまでこられた(もちろんその他多くの人にも支えていただきましたが)のが、いまさらながらに実感されます。
言わずもがなのことを付けたしますと、冒頭に記した『ようこそ地球さん』と『悪魔のいる天国』、それにショートショートコンテストの記念でいただいた和田誠さんのイラスト原紙が付された特装本(自分の受賞作だけが載っていて、あとは白紙の単行本と同じ体裁の本)は私の手許にありません。 失くしてしまったからです。
十五年前にいまの住まいに引越しをしたときに、「大事なもの」ばかりを段ボール箱にまとめて新居に持ってきた
つもりが、数日かかって片付けがすむと、その箱だけが見当たりませんでした。 その中に入っていたのが、それらの本だったのです。
寄せ書きを書くにあたって、引越しで失くしてしまった「大事なもの」の箱のことを思い出したのですが、星先生にいただいた「大事なもの」は、失くしたものと引き換えに、ちゃんと私の中のどこかに仕舞い込まれているのかもしれないと、そんな気がしています。
星先生、ありがとうございました。 これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
2020年5月
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