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 寄せ書き 
田中範央「段ボール箱の『思い出』」

新潮社『星新一 一〇〇一話をつくった人』担当編集者
 いまでも目に焼きついているのは、背の高さくらいまでに積み上げられた段ボール箱の山とその連なりです。 箱の数は優に一〇〇を超えていました。 ショートショートの構想メモ、下書き、手帳、日記など一万点にも及ぶ星新一さんの遺品を段ボール箱に詰めて、星家のご了承をいただき、お宅から運び出したのです。 山とその連なりは、将来、誰かが見つけ、読み解き、書きのこしてくれるのを待っている。 そんな切なる願いや強い意思のかたまりみたいでした。

 最相葉月さんは『星新一 一〇〇一話をつくった人』の執筆に際して、遺品をひとつひとつ丹念に調べ、同時に星さんにゆかりのあった一三〇余名に取材しています。 遺品の整理とデータベース化、そして取材の依頼から実際の取材にいたるまで、最相さんは独りで行っていました。 ほかの本でもこの取材スタイルを採られていますが、評伝の「あとがき」にわたしの名前をあげて「伴走していただいている」と謝辞を送られているのが申し訳なくなるくらい、肝心なところは「独り」だったような気がします。 こちらは原稿があがってきたら、自分の出番だと思い定めていましたが、そのときが訪れるのに六年近い歳月が流れていました。 星新一の評伝をものするには、それくらいの長年月と労力が必要とされたのです。

 刊行前の原稿にも鮮烈な思い出がいくつかあります。 そのひとつは夫人の星香代子さんに読んでいただいたときのこと。 原稿をお送りして数日後(たしか二日後)、出社するとデスクの上には、香代子さんから電話があったことと電話が欲しいとメモ書きが置かれてありました。 400字詰めにして1200枚ほどを読了するにはあまりにも日数が短く、途中で引っかかるか、差し障りでもあったのかと恐る恐るご連絡を入れました。 すると、「私の知らない星のことが書かれてあって、夢中になって読みましたよ。 書いていただいて、よかったです。 最相さんにお礼をお伝えください」と朗らかな声で仰ってくださいました。 評伝で明らかになった星さんの一生は大きな浮き沈みのあった壮絶なもので、作家デビュー前には「今日あたり死のうかな」と書き記すほどの地獄に突き落とされ、「あこがれたあげく、作家になったのではない(略)やむをえずなったのだ」という言葉には胸を衝かれました。 また「私の本は文学じゃない、七五三の千歳飴みたいなもの」と自嘲しながらも、作品の生き残りをかけて改訂を行いつづけていた…… 星ファンの多くも「知らない」星新一に出会い、孤高で崇高な作家像に戦慄や感銘を受けたのではないでしょうか。

 周知の通り、『星新一 一〇〇一話をつくった人』は好評を博して増刷を重ね、講談社ノンフィクション賞、日本推理作家協会賞、日本SF大賞、大佛次郎賞、星雲賞の五冠に輝きました。 この一冊には、星さんの名作「鍵」のごとく「思い出」がたっぷり詰まっています。 最後に個人的な思い出をふたつほど。 刊行後、「原稿にまた鉛筆を入れてください」と最相さんからいただいたシャープペンは誇らしい宝物となり、また増刷がかかったら、頼みを聞き入れて欲しいと約束させられていました。 どんな頼みごとかと身構えていたら、手渡されたのは「編集者は不摂生だから、人間ドックで検査を受けること」という誓約書でした。 有無を言わさず、その場でサインさせられることに。 後日、晴れやかに病院へ出かけ、検査後に出されたサンドイッチがやけにおいしかったことが記憶に残っています。


2022年8月

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