「カメラマンの細川です。よろしくお願いいたします。今日いただきたい写真のカットですが、書斎か書庫で……。」
昭和49年5月17日。
私の説明に聞き入っている先生の目線が、私の頭の後ろで焦点を結んでいるようで、どことなく、おかしい。
うなずくタイミングも少しだけずれているような気がする。
不安が走る。
でも、最後の「……以上です、よろしくお願いいたします」で、先生のお顔の表情が一変して真顔に戻り、笑みを浮かべたうなずきに、ホッとしたのを今でも鮮明に覚えています。
取材は、インタビューから始まり外の撮影、書庫、すべてが思った以上に順調に終了。
「焦点の合わない目線、ずれたうなずき」、この正体が撮影の途中で判明しました。
私の話を聞きながら、先生独自の、撮影の為の絵コンテを作り上げていたのでしょう。
私は、カメラを手にしたマリオネットの人形で、最後のカットまで先生の手によって操られていたような気がします。
頭の下がる思いです。
途中から、撮影するのが楽しくなってしまいました。
私は、この言葉が好きだ。
被写体の様々な情報を、瞬時に察知して、カメラアングル、カメラポジションを設定、第三者に的確に伝えるのが、私の仕事だ。
最初のシャッターチャンスに、全神経を集中。
先生の撮影では、何の苦慮もなく、すんなりと第一発目のシャッターを切ることが出来た。
不思議な出だしだ。
橋のたもとの出っ張りに腰を下ろし、好きな理由を説明。
橋についても、こちらの銘板には「ひらがな名」、道路を挟んだ反対側の銘板には「漢字名」で書かれている等など、詳しく説明して下さいました。
私は様々な橋を通るたびに、このことを確認するのが楽しみで、今ではすっかり癖になっています。
書庫に入るなり先生は人型の椅子に……ごく自然に。
周囲を観察する間もありません、慌ててシャッターを切る始末。
これも、先生の作られたシナリオの絵コンテに沿っての行動でしょう。
一連の撮影で、ポーズの指示を出したことは一度もありませんでした。
カメラを向けると、すでに先生の自然なお姿がありました。
先生の洞察力と行動に、改めて感服です。
本当に、ありがとうございました。
2021年12月
|