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 寄せ書き 
村瀬拓男「電子出版黎明期と星新一」

弁護士/元新潮社編集者
 この寄せ書きで本城さんが書かれていた「新潮ケータイ文庫」は、私が新潮社に編集者として在職中に企画したものです。 ガラケー時代ではありますが、一画面に100文字ほど表示できる機種が出始めたころであり、新聞小説のような連載媒体として運営できないかと考えて検討を始めたのですが、有料サービスを前提としていたので、サービス全体としてボリュームが欲しいし、毎日更新できるようにしたいということで、真っ先に上がった企画が「日替わり星新一」でした。 企画をスタートさせる2年ほど前に、新潮社から『星新一 ショートショート1001』(全3巻)が出版されていましたので、それを底本として1日1作品を(土日を除く)毎日更新で掲載できれば、4年近くサービスの柱ができる、といういささか安直な企画ではありましたが、幸いなことに利用のご快諾をいただき、実現することができました。


 でも、実は星さんの作品が電子出版されたのは、これが初めてではありません。 1993年にNECが「デジタルブック」という読書端末を開発・発売し、いくつかの出版社にコンテンツ発売の打診がありました。 厚めの文庫本1冊程度が収録できる容量の3.5インチのフロッピーディスクを媒体とするもので、一定数の買い上げ保証があり、ほぼノーリスクで出版できるということなので、取り組むことになりました。 当時の新潮社で電子出版担当の社員は私1人でしたから、ラインナップは事実上私の独断で決定です。 星さんのものは当然入れるとして、あとは安部公房、小松左京、筒井康隆など、好きなものを選択していきました。

 この利用許諾をいただくために1993年の夏ころお宅にお伺いしたのが、星さんと直接お会いした最初で最後のことになります。 たしか、寄せ書きにも登場されている加藤さんと、当時の上司であった沼田六平大さんに連れられて行ったのですが、すごく緊張したという記憶しかありません。 『人造美人』の復刻という案もあったのですが、そこでのミーティングで、『ボッコちゃん』ということになりました。 ちなみに、パッケージの装画や真鍋博さんに新たに制作してもらいました。


 新潮社の電子出版と星さんの作品とのかかわりはこれだけではありません。 この2年後の1995年に、CD-ROM版『新潮文庫の100冊』の刊行を企画。 毎夏の文庫キャンペーンと同じタイトルですが、1作家1作品で選定したベスト100という内容で、100冊(文庫で複数巻のものもありますので、約120冊分)の全文を収録したCD-ROMです。 もちろん星さんは外せません。 あとは何を選択するのか、ということですが、普通に考えればデジタルブックでも選んだ『ボッコちゃん』というところでしょう。 しかし、同じではおもしろくありませんし、他の作品目当てでこのCD-ROMを購入してくれる読者に、星新一にはこのような作品もあったんだ、ということを気づいてもらえればと考えて選択したのが『人民は弱し 官吏は強し』です。

 ところで、このCD-ROMでは縦書き表示を行い、また表示用フォントとして大日本印刷から印刷用のフォントをパソコン表示用にアレンジしたものを提供してもらったりしたのですが、苦労したことの一つが、いわゆる「外字」の取り扱いでした。 当時のパソコン環境で使用できる文字は、JISの第一水準と第二水準だけであり、そこにない文字は「外字」として画像を貼り付けたり、文字を開いたり、といった工夫をしなければなりません。 このCD-ROM全体で約200文字近い「外字」を作って表示しなければなりませんでしたが、星さんの作品だけは、そのような苦労とは無縁でした。


 電子出版の話はまだ続きます。 1995年以降急速にインターネット環境が整備されてくるのですが、その環境の変化にあわせて、出版社も本格的にネット配信型の電子出版に取り組まなければならないという機運が高まってきます。 その中で、文庫版元8社(角川書店、講談社、光文社、集英社、新潮社、中央公論新社、徳間書店、文藝春秋)が、2000年に電子文庫出版社会を設立し、同年9月に8社が共同運営する「電子文庫パブリ」という配信サイトを立ち上げることになりました。

 さて、では新潮社として何を出すのか、というところなのですが、スタート時に立てた基本方針は、紙の本として入手困難なものとし、電子書籍として配信するのと同時に、オンデマンド印刷本を用意して、1冊からの注文に応じるというものです。 星さんのものは何かやりたいと思っていたところ、高梨さんの提案で『生命のふしぎ』を復刻刊行することにしました。 真鍋真さんにご購入いただいたものがこれです。

 というわけで、電子出版企画の節々で、星さんとその作品には大変お世話になりました。


 高梨さん、大森さんは、新潮社では先輩にあたり、矢代くん田中くんは後輩になるのですが、残念ながら大森さん、矢代くんのように、初めて買った文庫本が星さんのものだったというエピソードはありません。 とはいえ、極めて早い段階から星作品にたどり着き、以降私の本棚は新潮、ハヤカワ、創元で9割がた占められるようになり、それは今も変わりません。

 そんな中学生時代、クラスメイトと興じたのが出版社ごっこでした。 A4版の原稿用紙を半分に切り、それを半分に折るとA6版の文庫本サイズになります。 そこに手書きで小説を書くのですが、私は書き手ではなく、編集長と称して「本」を作る側に回りました。 文庫サイズで書かれた原稿の束に、ノンブル、柱をつけ、扉、奥付を付加して製本し、カレンダーの裏紙を利用してカバーを付けます。 これがけっこううけたので、瞬く間に10名あまりの「作家」を抱えた「出版社」に急成長し、引き替えに成績は急降下……。 この少々おバカな話は当時のクラスメイトのみが知る話であったのですが、そのうちの1人が母校の国語教師となっていて、国語の授業で披露していたのでした(奈良の名門校は「読み聞かせ」で秀才を育てる 東大寺学園「雑談だらけ」の読書授業 | 名門校の不思議な授業 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net))。

 母校は進学校だったので、高校2年になると志望校を決めることになります。 さてどうしようかと思ったとき、頭に浮かんだのは「星さんは東大だったな」、ということで志望校を決定。 東大では工学部だったのですが、どうしても出版社に行きたくなり、当然第1希望は星さんの文庫本で慣れ親しんだ新潮社。 ただ、学生時代大学新聞をやっていたのでジャーナリスト向きと思われたのか週刊誌に配属され、そこはなんとか抜け出せたものの新規事業のセクションに回されてたどり着いたのが電子出版でした。 始めたころは辞書が電子出版の中心でしたが、ぜひ読み物をやりたいと考え、本稿の冒頭に戻るわけです。

 電子出版の企画を進めていく中で、著作権に関心を持つようになり、そこから弁護士に転身することになるのですが、こうして回想してみると、星さんの作品との出会いが、いかに大きなことだったのか、と改めて思い起こされたのでした。


2023年8月

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