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 寄せ書き 
山田正紀「星新一さんの思い出」

作家
 私が子供のころ、といえばもう古い話になってしまい、一九五〇年代から六〇年代にかけてのことになってしまうので、じつに恐縮しきりなのだが、やむをえない、少しつきあっていただこうか、と思う。

 私が子供のころには、少年少女世界文学全集、なるものがあって、そのなかの何冊か読み進めるうちに、小説の面白さを知らされる、という例が多かったように思う。 私もそうした児童のひとりで、少年少女世界文学全集から、おさだまりの江戸川乱歩「少年探偵団」へと興味が移り、それからそれへと読書を重ねていった。

 しかし、「少年探偵団」にしてからがそうなのだが、これはどれも子供が自主的に、それらを選択し、読みふけった、という類の読書体験ではなかったようだ。 いずれも、あらかじめ「児童向け」というくくりがあり、そのくくりのなかでの読書体験ではなかったろうか。 どこか、カゴの鳥が餌を与えられる、ようなおもむきがないではない。

 私に関して言えば、その、どこかしら息苦しい、閉塞的な読書体験を衝撃的に打ち破ってくれたのが、星新一さんの『悪魔のいる天国』なのだった。

 『悪魔のいる天国』こそが、私に初めて、自分で本屋の棚から選び、読み、そして夢中になる、という読書体験を与えてくれた、最初の1冊だったといっていい。

 いまとなっては、どうして私がその本を選んだのか(もしかしたら真鍋博さんのしゃれた装丁に惹かれたからかもしれない)、皆目、覚えていないのだが、とにかくそんなにまでも夢中になって読みふけった読書体験は、それまでの私にはついぞなかったことなのだ。

 どうしてあんなに面白かったのだろう? どうしてあんなに夢中になったのか? いまだに私はそのことをふしぎに思うほどだ。

 もちろん、それは『悪魔のいる天国』が、めっぽう素敵に面白かったからに他ならないのだが、それだけではあのときの、あの熱狂を説明しつくせないのではないだろうか。

 私はすでに中学生になっていたはずである。 そのころにはまだ、(ろくに絵も描けないのに)将来は漫画家になりたい、という夢のような妄想に生きていた。 手塚治虫さんが、私のヒーローの一人であったが、星新一さんも、手塚さんと並び立つ、私のヒーローの一人になった。

 いまもそのことを鮮明に覚えているのだが、ノートに、星新一さんのショートショートのような物語を描き、それを手塚さんの「黄金のトランク」のような絵物語にしたてたものだった。 具体的にどんな話だったか、もうほとんど覚えていないが、しかしあのときほど純粋に創作の楽しみに酔ったことはそのあと一度もなかったように思う。 あのときの私は、実になんというか、幸せそのものだったのだ。



 それから時は移り、私は小説を商業誌に発表する幸運に恵まれ、何冊か本を出し、日本SF作家クラブにも入れていただいた。

 当時の私にとって、星新一さん、小松左京さん、筒井康隆さんは、神のような存在であり、まともに口を聞くのなど、あまりに恐れ多いことだった。 とりわけ星新一さんは、お仲間に対しては、実に楽しそうにお話をなさるけれど、私のような未知の人間に対しては、口ごもり、目をそらす、含羞の方であった。 私は私で、いまも昔も自閉症のようなところがあり(これは当時、何かの機会にお会いした、同世代の作家が、ほかの人に洩らした、私という人間に対する印象でもあった)、とても星新一さんのような偉い人に向かって話などできようはずがなかった。

 それなのに星新一さんは不思議なほど私の作品を買って下さった。 いや、いまにして思えば(とりわけ、その後の新井素子さんに対する、ほとんど情熱的と言っていいまでの打ち込み方からもわかるように)星新一さんはそれだけ後進の作家を育てることに一途な情熱を傾けていらしたのだと思う。 私たちは幸運だったのだ。

 どこまでも紳士的で、どこかしら孤高の人、という印象を受ける星新一さんだったが、そんな星さんが、たった一度だけ、私に対して、「素」のご自分を見せてくださったことがあった。

 それは、星さんがある文学賞の選考委員をなさっていて、私が幸運にもその賞をいただいたときのパーティーか何かの席上のことであった。

 星新一さんが、じつに嬉しそうに、周囲をはばからぬ大声で、
「このバカに賞をやるためにおれがどんなに苦労したことか」
 とおっしゃったのだ。

 大急ぎでお断りするのだが、もちろん、このときの星新一さんに悪意があったわけでもなければ、私に対して恩を売ろう、などという思いがあったわけでもない。 およそ星新一さんはそういう下品なことから縁の遠い方であった。

 星新一さんとしては、そういう言い方で、純粋に私の受賞を喜んでくださったのであり、それを聞いた、そのときの私も、おそらく初めてその受賞を喜びたい、と心の底からそう思うにいたった。 ある意味、感動した、といってもいいかもしれない。



 いまもあのときの星新一さんの声は私の脳裏に残されている。    ありがとうございました、お世話になりました、とご挨拶したい思いが、強烈に胸に焼きつけられているのである。


2022年5月

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