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 寄せ書き 
島田雅彦「星新一氏と呑む」

作家
 私がまだ二十代だった頃、つまり一九八〇年代末期だから、もう二十六、七年前のことになるか、星新一氏とさしでお酒を酌み交わすという名誉に与ったことがある。 今はもう店が畳まれてしまったが、当時は繁盛していた某銀座のクラブでの邂逅だった。 星さんは店の常連らしく、時々、顔を出されていたようだが、編集者が一緒の時もあれば、お一人で見えることもあったらしい。 私はむろん、充分な印税収入もない若手だったので、そのような高級クラブに通う身分ではなかった。 だが、当時はバブルの只中でもあるし、出版社も景気がよく、取材費で象を買ったり、チャーター機を飛ばしたりといったことがまかり通っていたので、若い物書きも接待費で銀座のクラブに連れて行ってももらえたのだった。 私に振る舞ってくれる編集者も、会社のおカネで遊べるし、若く、そこそこのイケメンだった私を鵜にすれば、自分は鵜飼気分でホステスを口説けるので、私におごるメリットは充分にあったわけだ。

 ある夜、偶然にも星新一氏が来店していたので、私は小学六年生頃から何冊も愛読して来たジャパニーズ・サイエンス・フィクションの草分け的存在にちらりちらりと尊敬の眼差しを向けていた。 店のマダムが敏感にそれを察知し、私を星さんに紹介してくれた。光栄にも星さんは私のことをご存知で、一緒に呑むことを快く受け容れてくれた。

 星さんは女形の歌舞伎役者といっても通用しそうな上品な容貌をお持ちだったが、口を開くと、かなりのべらんめえ調で、私が抱いていたイメージとは完全に裏切られ、やはり会って話してみないと実像というものは伝わらないなと思った。 また、このギャップは私の緊張を解いてもくれた。

 星さんはその夜、終始、純文学に対する呪いのコトバを発し続けた。 特に誰かを名指していたわけではないのだが、私はその呪詛が主に「第三の新人」に向けられているものと理解していた。 なぜ、そこまで純文学を目の敵にするのか、よくわからなかったが、ジャンルとしてのSFに対する純文学サイドからの一方的蔑みに対する怨嗟であることは間違いなかった。

 その後、事情を調べると、星さんが活躍していた七十年代はまだ「戦後派」も「第三の新人」も現役バリバリで、文学の勢いや人気も今とは較べようもないほどに充実していた。 純文学でも新潮社の書き下ろしが普通に十万部売れるような時代でもあった。 「第三の新人」は作風もかなり大衆的で、上手に俗情を掴んでもいたので、人気作家も多かった。 しかし、彼らは野間宏や大岡昇平、埴谷雄高ら戦後派にかなり抑圧されてもいたようで、そのせいかどうかは知らないが、文壇で純文学の優位をもっとも声高に語っていた。 おそらく、そのとばっちりがSFやミステリーのジャンルの作家にふりかかったのだろう。

 私は何とか星さんの機嫌を取ろうと、自分がローティーンの時代から星さんのショート・ショートを愛読し、ストーリーテリングの基本技術や、発想の大胆さ、どんでん返しの演出の仕方、作中への悪意の盛り込み方を学んだのであって、その意味では「あなたは偉大な師匠です」と讃えたりもしたのだが、「おまえも純文学じゃないか」といわれたりして、頭をかいたのだった。

 しかし、その後、「あいつはいい」と認めてくださったことをクラブのママ経由で知り、もう一度、同じ店でお会いし、一献傾ける機会は持てたのだった。 その時も純文学への呪詛を延々、聞かされることになったけれども。

 そういえば、誰だったか、同席していた編集者が最近、子どもができたという報告を星さんにしたところ、思わぬ祝福の一言が飛び出したことを思い出した。 星さんはこれ以上、ぶっきらぼうにはなりようがない口調でこういわれたのである。

――― おまえ、やったな。


2016年3月

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