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寄せ書き
傳田光洋「小惑星のひとりごと」
皮膚科学研究者 |
もう45年ほど前になるだろうか、私は田舎の町立中学校の生徒会の図書部部長だった。
その時、いきさつは忘れたけど「生徒さんが好きな本を買ってください」という寄付があった。
ちょうど「星新一の作品集」全18巻が新潮社から刊行されはじめていた。
図書部部長は、当時の多くの中学生がそうであったように星新一さんの作品の愛読者で、さっそく寄付金で購入しようと考えた。
しかし独断で決めると文句が出そうだ。
そこで一計を案じた。
全校生徒にアンケートを実施し「星新一の作品集」と、もう一つは「世界の地理歴史全集」だったか、とにかく退屈そうな本を挙げ、その他に希望があれば御自由に、と書いた。
集計したら思惑どおり「星新一の作品集」が圧勝した。
「作品集」は刊行されるごとに納品されたが、最初に読んだのは図書部部長であったのは言うまでもない。
時は流れて図書部部長は大学で化学を専攻する学生になっていた。
自然科学は好きだったが、会社員にはなりたくない。
SF作家になれないかなあ、と思っていた。
そんな時、講談社主催「星新一ショート・ショートコンテスト」の存在を知った。
化学工学の講義の最中、ストーリーを思いつき、原稿用紙を埋めて投稿した。
忘れかけていたころ、講談社から連絡があって、なんと入選したという。
原稿料2万円いただいた。
「源泉徴収2千円」と明細書に書かれていた。
世間知らずの学生は、お金を儲けると税金をとられる、いや収めることを初めて知った。
次の年は、ぜひ優秀作に選ばれ、東京に行って星新一さんに会おう! と、ふたたび投稿したが選外佳作に終わった。
その年、優秀作に選ばれた斎藤肇、井上雅彦、といった人たちの名前は、悔しさを伴って学生の脳裏に焼きつけられた。
彼らは、その後「ショートショートランド」という講談社の雑誌にも作品を発表していて、学生は羨ましかった。
学生は、不本意ながら東京の企業に勤める会社員になってしまった。
研究所に配属されたが、最初の数年、雑用ばかりやらされ、自分を表現する場所が無かった。
うさばらしに、お酒を飲むことを覚えた。
週末、神保町へ行って、本屋をうろつくのが唯一の慰めだった。
そんなある日、三省堂で「せる」という同人誌を見つけた。
開くと、目次に斎藤肇、井上雅彦、という名前があるではないか!
早速、買い求め「ショートショート同人募集」と書いてあったので、早速、「せる」の同人になった。
それから、どんどんショートショートを書いては斎藤編集長に送った。
採用されて掲載されると嬉しかった。
今、思い返しても、あの時「せる」に出会わなかったら、会社員は酒に溺れて廃人になっていたのではないかと思う。
時は流れて、会社員は皮膚の研究部門に異動になった。
30歳目前。
もっと何かに真剣に取り組みたくなった。
バブル景気の余韻が残っていて、会社員は、優れた皮膚科学教授がいるサンフランシスコの研究室に2年間留学する機会を得た。
このチャンスを逃したら、生涯、ロクでなしに終わると思って、必死に研究した。
帰国した次の年、星新一さんの訃報を聞いた。
とうとうお元気なうちにお目にかかれなかったな、と会社員は思った。
新潮社主宰で「星新一さんをしのぶ会」があった。
司会を務めた井上雅彦さんが私にも声をかけてくれたので、参加した。
有名な作家さんたちが、いっぱいおられた。
そのうち井上さんの編集で星新一さんゆかりの執筆者を集めたショートショートアンソロジー「ホシ計画」が企画され、なんと一介の会社員の作品も2編掲載していただいた。
新しい世紀になった2005年、会社員は、ひょんなことから皮膚科学の一般向けの本を出版することができた。
「せる」「ホシ計画」で文章を書くことを止めていなかったから書けたと思う。
2007年、2冊目の皮膚本を出した時、「異形コレクション」というホラー小説アンソロジーを編んでいた井上さんから「科学者の立場から霊を描いたホラー短編を書きませんか?」という依頼があった。
嬉しくて、あれこれ考えていたら、歯医者の待合室でストーリーが浮かんだ。
書き始めたが、原稿用紙6枚で終わってしまった。
井上さんに送ったら採用された。
その年、最相葉月さんの「星新一 一〇〇一話をつくった人」が刊行され大きな話題になった。
皮膚研究者と呼ばれるようになった会社員は、すぐ購入し一気に読み感動した。
明るく知的な作家というイメージがあった星新一さんが、苦悩し絶望し嫉妬し落胆されていたことを知った。
それまで以上に星新一さんが好きになった。
失礼を承知で敢えて書けば、星さんも私と同じ、一人の悩みに満ちた人間だったのだ、と思ったからだ。
その苦悩の大きさは比較にならないけど。
年末に、あの三省堂で、星新一さんが亡くなって10年、というので関係者が集う催しがあった。
ここでも井上さんに声をかけてもらい、皮膚研究会社員は参加し、最相さんや、星新一さんの弟子、と言われる江坂遊さんにもお目にかかる機会を得た。
とめどもない事を長々と書いてしまった。
しかし、こうやって思い返すと、半世紀近く、私は、星新一さんという大きな恒星の輝きを見つめながら、遠く離れた軌道をまわる小惑星のようなものだったと思う。
2020年7月
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