星さんは何度も作品に手を入れられることでわかるとおり、文章にきびしい。
とくに誤植にたいしてはたいへんきびしかった。
熱海旅行での宴席だったと思うが、『SFマガジン』は誤植が多すぎると指摘された。
確かにそうで、SFファンジン『宇宙気流』が誤植の特集をやったことがある。
星さんが「いちばんあきれた」例としてあげられたのが「AC7317」だった。
確か70年代前半のもので、星さんの書かれた文章の誤植ではない。
縦書きにすると、文脈から「ACクラーク」の誤植とわかる。
HAL9000よりも高性能のコンピュータのような印象で、ぼくはこの誤植が気に入り、その後、電子メールのアドレスのひとつとして「ac7317」を使用している。
星さんはわがネット名の名付け親なのである。
星さんは、造本……装丁や帯にもきびしかった。
ぼくは2冊目の著作がショートショート集だったので、出版社からの希望もあり、星さんに推薦文を書いていただくことになった。
「ゲラを読んだ上で」といわれ、その後、こころよく引き受けてくださった。
1980年の暮れに書店に並んだ。
それが拙著『エネルギー救出作戦』である。
推薦文は帯の裏表紙側にある。
「S(科学)とF(フィクション)との調和がみごと」で「新鮮なアイデアをふまえていて、軽妙でありながら読みごたえがある」「彼の進境のいちじるしさを示す一冊である」と、身に余る文章をいただき、感激した。
ぼくの場合、1冊目が徹底した宇宙SFだったので、2冊目がショートショート集、しかも「神様」からの推薦文をいただいたというのは、まことにありがたいのである。
しばらくして星さんからハガキが届いた。
「今回の件については黙って見守っていてください」とある。
何のことかなと思ったが、すぐ出版社から連絡があった。
星さんがずいぶん怒っておられるという。
星新一の名前が大きく目立ちすぎで、これは著者にたいしてあまりにも失礼である。
帯を作り直してほしいと要求されたのである。
星さんらしい気遣いだが、出版社に悪意はない。
ぼくの本心をいえば、指摘されるまで気にもしなかった。
著者名より大きいわけではないし(最近では、新書などで有名タレントが写真入りで推薦して、著者名がほとんど目立たない例が多いが)、当時としても普通のデザインと思う。
星さんの美学に反するのだろう。
別の社の編集者に聞くと、書籍の流通事情から、帯の交換はむつかしいという。
どうなるか心配していたのだが、しばらくして、ぼくの最初の著作が第1回日本SF大賞に決まったという知らせを受けた。
出版社も大喜びで帯を作り直してくれた。
受賞していちばんうれしかったのは、この問題が円満に解決したことだった。
ふたつの帯はたいせつに保管してある。
帯の裏
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2017年4月
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