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 寄せ書き 
花井厚「星さんの遺伝子と、4代100年のご縁」

花井卓蔵氏 曾孫・(株)リコー新規事業部門室長
     孝君はつけ加えた。
    「……うちのむすこが、あなたの愛読者ですよ」
     ありがたいことだ。
    (新潮文庫『明治の人物誌』375ページより引用)

 “孝君” は父。“うちのむすこ” が僕です。


 書棚に父が揃えた星作品がずらりとあって、小学生の頃から貪り読んでいた僕にとって、人生で自慢できる事ベスト5のうち3つが星さんがらみです。
 1つ目は “むすこ” として星さんの著書『明治の人物誌』に登場した事。 2つ目は14歳のとき『人民は弱し 官吏は強し』を題材にした作文が練馬区で特選に入った事。 3つ目は星さんとお会いして大好きなショートショート作品のお話を伺った事、その際に星さんからサイン入りの『あれこれ好奇心』をいただいた事です。
 なぜ僕が作品に登場できたのか?


 『明治の人物誌』の中で花井卓蔵の生涯を書くにあたり星さんは父にインタビューしました。 その際のやりとりが冒頭の一文です。 ちなみに星さんと父は旧制小学校の同級生でもありました。 『明治の人物誌』に登場する人物は10名。 エジソン、伊藤博文、野口英世という高名な方の中に、僕の曽祖父・弁護士花井卓蔵も登場します。 この著書のおかげで曽祖父の生涯を知ることができました。 心から感謝しています。
 登場するのは明治時代の発明家、政治家、医者、学者、実業家……。 統一性がないように見えますが、全員『人民は弱し 官吏は強し』に登場する人物で、星さんのお父様・星一氏と交流があったという共通点があります。


 父から『人民は弱し 官吏は強し』に曽祖父と祖父が登場すると聞かされ手に取りました。 それまで読んだ大好きなショートショートと違って長編、そして匿名のエヌ氏でなく、星一氏をはじめ登場人物は全て実名のドキュメンタリーです。 政治家、官僚、報道は正義の味方と信じていた中学生にはたいへん衝撃的な内容でした。
 一方で著書には人生に必要な教訓の全てが書いてある、今でもそう感じています。
 世の中や人に役立つアイデアを実現する。 広がる仕組みとして前例のない代理店制度を作り、星製薬の商品の価値を伝えるため人づくりも行い、常に新しい情報を提供するため代理店向けに新聞を発行する。 官僚に規制緩和を求める。 大正のはじめ今から100年前の日本で大イノベーションを起こしました。 その後の事業家がみな真似る新しいビジネスモデルを創造しました。 星一氏率いる星製薬は大躍進しますが、政治的陰謀と嫉妬から官僚とマスコミがつくったネガティブキャンペーンで再起不能に近い打撃を受ける。 そんな過酷な状況にあっても星一氏はネアカのびのびへこたれずを貫き通します。
 理不尽に対する怒り、信念を貫く思いを書いた作文が区の中学生作文大会で特選にはいりました。


 父から「星くんと会食するけどくるか」と声をかけられ嬉しくてスキップしながらついていきました。 社会人になって数年目、星さんが筆を休まれていた頃です。
 小学生の頃からの憧れの人を目の前にして、星さんと父はこみいった話があるようでしたが、僕はそんなことはお構いなしにしゃべり続けました。 次々に印象に残っているショートショートやエッセイをとりあげ、「神様の条件を計算機にインプットしたら輝き始め……」「蚊がいなくなった未来、お金持ちが自宅で蚊のロボットを飛ばして……」この話、大好きなんですとお伝えしたら、「僕はどんな話書いたか忘れちゃうんですよね……」と星さん。 今考えると1000話以上執筆されて内容はかぶっていないわけですから、実際にはかなり科学的な手法を使って執筆されていたのでは、と愚察しています。
 その時に「花井厚様 星新一」のサイン入りの『あれこれ好奇心』をいただきました。 僕の宝物です。


 僕はこの25年間複数の新規事業を立ち上げる仕事をしてきました。 世の中に役立つ新しいビジネスモデルを作る。 いつか来る未来を見据える。 枠を超えた視点で発想しアイデアを具体化する。 ネアカのびのびへこたれず。 理不尽に耐える。 エバンジェリストになる。 新規事業立ち上げの6条件は全て星さんから学びました。 小さなころから星さんのショートショートを読み漁った事で、星さんの枠を超えた全天球な視点や発想。 いつか来る未来をイメージする高い視座。 『明治・父・アメリカ』『人民は弱し 官吏は強し』『明治の人物誌』から学んだ “世のため人のため、理不尽に耐え、明るく楽しくへこたれず” という人生や仕事の理念。 星さんの著書から学んだ事が仕事はもちろん、人生そのものを豊かなものにしてくれました。


 実家の書庫から出てきた80年前の星製薬の新聞がきっかけで「星新一公式サイト」を通して星マリナさんにお声がけし、憧れの人生の師・星新一さんの寄せ書きを書く機会をいただきました。 DNAに書き込まれた遺伝子は後天的に与えられた情報でスイッチが入いる部分があります。 そういう意味で幼少の頃から星さんの著書に親しんだ僕のDNAには星さんと星一氏の遺伝子が入っているに違いない。 今回寄せ書きを書きながら半世紀を振り返ってそう思い始めました。 なんだかうれしくなってきます。


 祖父・忠は東京裁判で廣田弘毅氏の弁護人を引き受けました。 星一氏のお引き合わせによるものでした。 忠はそれがきっかけの1つとなり後に民間出身初、戦後3代目の検事総長に就任します。 総理から任を受け帰宅し「1番なりたくないものになっちやったよ」とこぼしたそうです。 『人民は弱し 官吏は強し』の中で描かれている官僚の民間いじめから、弁護士として星製薬を守る仕事をした祖父が、家族にだけ伝えた本音と思います。


 星さんには祖父の追悼集に文を寄せていただき、僕が星さんに寄せ書きをする。 曽祖父、祖父、父そして僕と4代にわたってのご縁に心から感謝します。 ありがとうございました。


2020年12月

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