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寄せ書き
荒俣宏 「株主」の思い出
作家 |
星新一さんと時間をかけて話をしたのは30年も昔のことだ。
そのころの星さんはすでにショートショートおよびSFという新しい小説形式と分野の「ダブル第一人者」であり、有名作家だった。
けれども僕は、その手の話を聞きに戸越銀座の星邸へお伺いしたのではなかった。
お父さんの星一に関する息子としての意見というか見解を、じっくりと聞きたいがためであった。
当時、僕は有名科学者の子孫にもかかわらず父とは全く別の仕事で名をあげた有名人に取材する仕事を進めていた。
そこで聞いた話は、多くが父親との確執であり、ひどいのになると縁切りやら復讐といった物騒な関係に発展した、ある意味ドラマティックな秘話の続出であった。
ところが、星さんから聞いた星一の印象は、ご自身おっしゃるところの「おじいちゃんと孫」の交わりであって、父親憎しといったフロイト心理学めいた気配がまるでなかったのである。
実に素直に敬意と親しみを抱いておられた。
これには正直おどろいた。
星製薬の二代目社長として、たいへんな後始末を任されたのだから、いろいろ想うこともおありのはずと予測していたものだから、非常に困った。
歳が離れている、とか、父親が外国暮らしを経験しリベラルだった、とかいうことは全部を説明できる決定的理由ではない。
同じ条件でも、大喧嘩になった例をいくらも聞いていたからだ。
じゃあ、いったいなぜ星親子は良好な関係でいられたのか。
そこが今イチわからないままになった。
といっても、この場は星新一さんとの個人的なエピソードを依頼されているので、こういう話の出番ではない。
そのとき星さんは「父のことなら『人民は弱し 官吏は強し』を読んだらいい」と言われ、あとはもっぱら若い世代の星ファンのことが話題になった。
古い掲載雑誌や単行本になっていないエッセイなどの収集や研究をする愛読者と交流することを、とても楽しんでおられた。
それで、星さんはご自分の作品のコレクションがお好きらしい、と勝手に解釈した。
僕も一念発起して、我が家にある古雑誌を探したら、昭和30年代に愛読したハードボイルド雑誌『マンハント』のホームズ・パロディ小説やら推理小説雑誌『宝石』の怪談座談会やらが出てきた。
どれも軽くて、教養があって、洒落ている。
とくにホームズ・パロディにはハゲ新薬の詐欺、投資と利益の関係を論じたホームズのしゃべくりが登場する。
星さんがぱろった作品がまた、シティの金融事情を背景にした経済色の強い『赤毛連盟』だったから、まだまだ星製薬社長だった記憶が生々しい。
作品の中にシティ・アンド・サヴァーバン銀行だのメリーウェザー頭取だの、いかにも具体的な名があるので、『赤毛連盟』をチェックしたら、全部がみごとに本歌取りだったことを知り、いたく感心したりもした。
とくに『マンハント』誌に関係があった事実が、僕にはおもしろかったのだ。
なぜなら星さんの文体の意味づけがわかったからである。
この雑誌は植草甚一、片岡義男、野坂昭如、福田一郎、湯川れい子、田中小実昌、淀川長治、荻昌弘らの新タイプ文化人が雑文の腕を競った舞台であり、この人たちは押しなべて「物知り、新し物好き、教養高い」という共通気質のうえに「重厚より軽薄」が信条だった。
熱狂的な信者を得たけれど、既成文壇からは嫌悪され無視された。
僕もそういう『マンハント』系作家が好きだった。
それから、星製薬についても、星さんの本に出ていなかった戦後のことを調べるために探索した。
星さんが「全く消滅した」と言われた星製薬がじつは五反田のTOCビル内に存在し、そこで昔通りの薬を販売していたのを発見し、実物をたくさんいただいたこともある。
また、星製薬の広告類も、さすが社員から写真写植機の開発で知られる「モリサワ」の創業者、森澤信夫が出ただけあって、美しいものが多い。
それと、星さんからお伺いして、僕がどうしても手に入れようと決心したのが、「ダービー」である。
これは星一が会社乗っ取り事件を強制和議で収拾できたときに、支援者に記念に配った新しい福神だ。
拝めばあの杉山茂丸も重病から癒えたという霊験がある。
じつは星さんにこの神像を見せていただこうとしたのだが、出てこなかった。
星薬科大学にも訊いたが分からなかった。
ならば、これを再発見すれば星さんがびっくりされるだろうと、骨董市に行くたびに探した。
しかし今もって発見できない。
未解決の星アイテムである。
だが、その代わりといっては何だけれど、僕の星製薬コレクションには、本物の株券がある。
誰にも言ってないが、じつは僕は株主なのである。
「星さん、こんなもん手に入れましたが」と連絡したら、星さんはどんな反応をされるだろうかナ。
2014年3月
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