大学や会社に通っていた頃は電車内で本を読む時間が十分にあった。
ホームにあったキオスクでは文庫本が売られていて、私が初めて手にとったのは新一さんの本だったが、『ボッコちゃん』というタイトルに吸い寄せられたのは、目には見えないが密かに光る星が私を導いたのかもしれない。
それから次々と新一さんの本を読んだ後に縁あって自分の苗字にも星がついた。
新一さんの甥である治と結婚したからである。
新一さんとの思い出の中でなぜか中華料理店での食事のシーンが浮かぶ。
親族で囲む円卓に出された鯉の丸揚げは新一さんがお好きで注文したようだ。
私は生まれて初めて食べたが、それはショートショート「美味の秘密」の中に出てくるマスコットを料理人は持っているのでは……と思ったぐらいに美味しかった。
なにしろ日々電車の中で読んでいたSF作家が嬉しそうに「これ美味しいんだ」と言った姿は今も忘れられない。
昔の人は夜空の星を結んで星座を作ったが、私の心の中にも今のところ三つの星が並んでいる。
2010年に世田谷文学館で「星新一展」が開催され「星新一ゆかりの地を歩く 星薬科大学ほか」というイベントに夫と参加し、私は初めて大学を訪れた。
新一さんが住んでいた戸越銀座も歩いたが、学生時代の友人の家が戸越銀座にあり懐かしさを覚えた。
もしかしたら明昭館書店を訪れていた新一さんと当時すれ違っていたかもしれない。
二度目は2017年、友人のご主人が主催している地域を見聞する会の目的で大学を訪れ、アントニン・レーモンドの設計した講堂を見せてもらったり薬草園を歩いたりした。
講堂のステンドグラスのモチーフが薬草だったことはとても興味深かった。
何しろ可憐な花に混じって大根(と思われる)の姿が立派だったのだ。
三度目は2018年、スイスから仕事で来た友人を夫と私は大学に案内した。
彼の妻も友人だが、大学の資料館で彼女が薬剤師の仕事に復帰した話を彼から聞いたことは星薬科大学に連れてきたことと不思議な縁を感じた。
彼が熱心にヴァチカンやエジソンの資料を見ていた姿を印象深く思っている間に、私は他に展示されている証書の中に大きな星を見つけていた。
講堂のステンドグラスの中でキラキラ輝いていた星薬科大学の校章は、中国の古代文字の星を図案化したものだという説明が大学のサイトに載っている。
王冠のような土台の先に〇が三つあり、まさにその三つ星に導かれて私は大学を訪れたわけだ。
2023年9月
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