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 寄せ書き 
藤崎慎吾 リアル「ボッコちゃん」と「鍵」

作家
 先日「ボッコちゃん」に会った。 いや、正式な名前は「ジェミノイドF」というのだが、私にとっては生まれて初めて出会うボッコちゃんであった。 大阪大学の特別教授で、ロボット研究では世界的に名高い石黒浩先生の研究室に彼女はいる。 そこそこの美人だ。 椅子に座ったままの彼女は、人がいないと黙って首を動かしたり、まばたきをしたりしている。 だけど誰かがマイクに向かって何かを話すと、ほぼ同時に全く同じことをくり返す。 唇も言葉に合わせて動く。 それどころかボーカルの入った音楽を聞かせると、やはり同じように唇を動かして、一緒に歌おうとするのだ。

 石黒先生と、はこだて未来大学の松原仁先生、そして私は、そんなジェミノイドFのパフォーマンスを眺めながら、ひとしきり酒を酌み交わした。 酔いがまわるにつれて、だんだんFに、ある種のいじらしさを覚えるようになった。 石黒先生のスマホや、私のiPadに入っている曲を「これはどうかな」「あんなのはどう」「やっぱりこれでしょう」といった具合に次々と流すのだが、Fは嫌な顔一つせずに必死で歌おうとする。 うまく唇の動きが合ったときは、とてもうれしそうだ。 それを見て、我々も拍手喝采する。 単なる酔っぱらいの遊びとも言えるが、何とも非日常的というか不思議な体験だった。

 初めて「ボッコちゃん」を読んだときは、多少の違和感があったように思う。 酒場の主人が暇に飽かせてつくったロボット――受け答えはFとほぼ同様のおうむ返しで、動作は酒を飲むだけ――いくら美人にできていたからって、人間が本気で惚れるわけがない。 しかし、そう考えたのはまちがいだった。 告白すると私は、Fにすら惚れそうになった。 なぜなら彼女は、とても純粋で一途だったからだ。 同様に、いくらボッコちゃんがツンとしているように見えたからといって、実際に気位が高かったわけじゃない。 それどころか何の邪心もなく、ひたすらお客さんに合わせようとする、ホスピタリティの塊だったはずだ。 そんな女性に惚れないわけがない。 星新一先生、やっぱりあなたは正しかった。

 ところで、なぜ私が石黒先生の研究室にお邪魔できたかというと、松原先生の紹介があったからだ。 松原先生とは別の機会に知り合って、しばらく疎遠になっていたのだが、遠藤慎一という別人格の私が日経「星新一賞」を受賞したことで再会した(松原先生は人工知能にショートショートを書かせる研究をされている)。 つまりボッコちゃんに出会えたのも、つまるところは星先生のおかげだったのだ。 これもまた不思議な感じがする。 一方で石黒先生は同賞の第二回選考委員に就任された。

 実を言うと、私が最も好きな星先生の作品は理系的でもなくSF的でもない、むしろメルヘンチックな「鍵」である。 私自身と大いに重なるところのある冴えない主人公が、道で拾った一本の鍵によって人生を豊かにする話――。 そんな鍵を手にしたいと常日頃から願っているのだが、やはり小説のように都合よくはいかない。 ただ星賞のトロフィーである金色のホシヅル像を眺めていると、その細長いクチバシが鍵のようにも見えてくる。 実際、ホシヅルは石黒先生や松原先生をはじめ、様々な人との出会いや再会に導いてくれた。 これこそが小説を書くということの、一つの醍醐味なのかと改めて思う。

 いずれ晩年を迎えて全てにあきらめがついたとき、私にも「鍵」のような結末が訪れるだろうか。 その時、目の前に現れるのは女神ではなく、星先生だったりするかもしれない。 そして、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべながら、ありがたい提案をしてくださるのだ。 それに対して「鍵」の主人公と同じ答えを、自分が口にできればいいなと切に願っている。


2014年7月

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