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 寄せ書き 
村井源「ショートショートの科学的分析から見えてくること」

計量文献学研究者(東京工業大学)
 ここを読んでいらっしゃる方の多くはごぞんじないかと思うが、コンピュータをつかってテキストの特徴を分析する計量文献学という学問がある。 その中で文学作品とその意味解釈の問題をコンピュータで科学的に分析する分野はまだ始まったばかりで歴史があさい。 そのため、専門の研究者はまだすくなく、日本では私をふくめても片手であまるほどの数しかいない。

 コンピュータをつかって分析をするといっても、文学の意味をコンピュータにいきなり理解させられるわけではなく、そのためにはまずさまざまな基礎研究が必要となる。 今のところは、文学の特徴をどのようにデータとしてあつかうか方針をたてるため、作品自体の分析と作品の批評の分析の二方面から試行錯誤をおこなっているところである。 そして作品自体の分析の方で私が主なターゲットの一つとしてつかわせていただいているのが星先生の作品群である。

 ごぞんじのとおり星先生の作品は物語構造のたくみさに定評があり、最後の一文でみごとに逆転するオチのするどさに魅了される者は老若男女を問わない。 しかも作品数が1000をこえていて統計的な分析手法もつかえるため、物語分析の対象としてみたときにこれほど理想的な作品群はまずない。 星作品の物語展開の特徴をなんらかの形でデータとしてとりあつかうことができれば、人間が読んでおもしろいと思えるショートショートを作れるAIができるのではないだろうか? ということで、はこだて未来大の松原先生をリーダーとする我々のプロジェクトでの研究データとさせていただいている。

 これまでいくつかの方法で星作品のオチの構造を分析してきたが、その中でだんだんとみえてきたことの一つは、多くのオチが主体と対象、肯定と否定、目的と結果の三種類の逆転から構成されているということだ。 たとえば、強盗がおどした相手から逆におどされるのは主体と対象の逆転で、死んだはずなのに生きているのは肯定と否定の逆転、お金を稼ごうとはたらけばはたらくほど貧乏になるのは目的と結果の逆転、のように分類ができる。 この種の明確な逆転オチはじつはコンピュータにも認識させることができる。 星作品にはこの種の逆転が多いので、物語の構造をきちんとデータ化してあたえれば、オチ全体の6割から7割くらいはコンピュータでも自動的に抽出できる。

 ほかには物語の展開パターンの科学的分析もおこなっているのだが、そこからわかってきたのは、目的にむけて努力すると一見成功するがその後失敗があきらかになる、他人にむけた悪意は自分にかえってくる、あるいは隠された真実を知ると不幸がおとずれる、というような皮肉を構造化した物語形式が基本となっていることだ。 最後に幸福になれるのは登場人物の視点からは真実がわからぬままの場合などごくわずかである。 人の知性や力の限界をわきまえないおごり高ぶりや自己中心性への強烈な否定であり、逆のいいかたをすれば人の弱さやおろかさを徹底的にみつめた作風なのである。

 しかしそれだけで終わらないところが星作品の魅力である。 人のダメさをあますところなく描きつつも、それを鬱々としたトーンでまとめるのではなく、最後の逆転でおもしろさへと昇華するのだ。 宗教であれば我々自身のウンザリするようなダメさに気づいたところで神に救いをもとめるわけだが、星作品ではそれを力強く笑い飛ばすことで人が生きることの意味を逆説的にみいだそうとしているように思えてならない。 ただオチが意外だからおもしろいということだけならば、これほど多くの人に愛され続ける作品群にはなっていないはずである。 人間という存在の本質をするどく見抜く洞察力に裏打ちされた緻密な物語が人の心をうごかすのだろう。

 最近、研究をしていると気になってしかたのないことが一つある。 1000をこえる星作品は考えうるすべての物語パターンを網羅するかのように作りこまれているという点である。 たとえば代表ジャンルの一つの悪魔物語には、悪魔が人と魂の契約をして願いをかなえるという基本プロットがあるのだが、そのプロットの一つ一つの要素を逆転したパターンがすでにすべて作られている。 まるで物語構造の基礎データを整備しているかのようなのだ。

 1000編以上の作品は将来的に研究者にショートショートを書けるAIを作らせるためのもので、我々は手のひらの上でおどっているだけとかそういうオチではないですよね、星先生?


2016年6月

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