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寄せ書き
田中直樹「僕の中の星新一」
ミュージシャン |
19歳、初めての『人生の決断』がやってきた。
「美術」の道に進むのか?
「バンド」を続けるのか?
「趣味」という都合の良い「あきらめ」か?
「あきらめ」だけは避けたい!
でも、自信喪失型な上、努力の方法も知らない僕に、自信なんてあるハズもなかった。
僕は、童話作家を目指す美術少年だった。
幼少期から絵を学び、賞もたくさん貰った。
中学の頃、表現の手段に音楽が加わった。友達とバンドを組んだのだ。
だけど、「美術」にも「音楽」にも、自信が持てなかった。
いつもなんだか苛立っていた。社会に嫉妬しているだけの少年だった。
いつも「なんだかなぁ」と、テレビの画面に向かって小声で怒鳴っていた。
苛立ちのまま実家を出て、駒沢公園の近くにメゾネット付きの小さなアパートを借りた。
狭くて、チャチな作りの白いアパート。
引っ越しの荷物が届いていない床に寝転んだ。
そして、リュックのポケットから文庫本を取り出した。
実家から持ってきた「村上春樹」の『納屋を焼く』と「星新一」の『ノックの音が』。
好きな作家の、中でも影響を受けた2冊だ。
その小さなアパートから、美術の専門学校に通いながらバンドを続けていた。
もちろん、お金もない。音楽の仕事があるハズもない。
時間だけはあったので、朝起きるとキーボードに電源を入れ、ただただ運指練習をした。
一応、商業デザイン科の学生だったが、だんだんと休みがちになっていった。
でも、週に1日だけ欠かさずに行く授業があった。
レタリングの授業だった。
文字をデザイン的に綺麗に描く。西洋の、お習字みたいなモノだ。
美術の学校は、山のように宿題が出る。レタリングの授業は特に宿題が多かった。
「締め切りに間に合わせる」という社会の鉄則の練習だったんだろう、と今は思う。
当時の僕は「なんだかなぁ、こちとら、暇じゃねえのになぁ」と、悪態をついていた。
でもそう言いながら、結構、その授業の課題が好きだった。
授業の課題のひとつに『小説を描く』という、無理な宿題があった。
『小説を書く』ではない。
『小説を描く』んだ。
「小説の文章を、ナール体で、二節以上。期日は2週間後」
(ちなみに、ナール体っていうのは、今では、PCに絶対入っている「まるゴシック体」)
「はぁ? そんなん写植で印刷すりゃあいいじゃん、そんなに暇じゃねぇし!」
…と、心の中で叫んだ。
でも、実際は、暇だし…
仕方ない。やってみっか…。
高い壁に、少しワクワクした。
「何の小説を、描こうかな?」
田中少年は、まったく悩まなかったね!
やっぱ『星新一』でしょ!
『星新一のショートショート』でしょ!
高校生の頃から何度も読んでいる『ノックの音が』でしょ!
しかも、僕のバイブルはちゃんと、引越しの荷物と一緒にアパートにある。
それ以外に候補は、思いつきもしなかった。
基本的に凝り性で暇人な僕は、課題の「小説の二節」ではなく、『ノックの音が』を1冊そのまま全部レタリングしたのであった。
あ、もちろん… タイヘンだったよ。
課題としての成績?
もちろん、最高ランクの評価、AAAだった!
そりゃそうさ。こちとら、写経のつもりで描いたんだから。
そして、その課題を最後に、僕は、美術の学校を辞めた。
学校を辞めてからも、雑誌の編集のアルバイトは続けていた。
でも、徹夜をして編集作業を終えた翌朝。
「これは、僕の「美術」じゃない!」と、気付いた。
僕は絵が描きたいだけで、デザイナーになりたいわけじゃなかった。
そして、思考が極端にできている田中少年は、唐突に閃いた。
「それなら、僕の道は「音楽」だ!!」
見事な『勘違いヤロウ』の誕生である。
それからの僕は、どんどん「音楽」中心の生活になっていった。
自分のバンドはイマイチだったけど、編曲や演奏の仕事は増えていった。
『郷ひろみコンサートツアー』に参加するようになり、その度合いはますます濃くなった。
誰もが知っているスーパースターは、僕の予想を遥かに超えるアーティストだった。
影響された!…僕は「音楽」を考え「音楽」を作り、コンサートで演奏する、いわゆる「プロミュージシャン」という職業になっていった。
でもね…
たまに、絵を描くんだ。
たまに、物語も書く。
たまに、写真も撮る。
たまに、YouTubeの動画も作り、ヨガもやる。テニスも。
つまり、興味のある事に、忠実に生きている。
ちょっと前からは、自分のラジオ番組を持ち、パーソナリティもやるようになった。
ある日、ラジオ番組のプロデューサーとディレクターに言った。
「『星新一』の小説をラジオドラマにしたい!」
もちろん、僕が演出をする。音楽も作る。
効果音も作る。そして役者もやる。
あの頃の僕には、思いつきもしなかった『星新一の箱庭』を作ってみたい!
そしてラジオドラマ制作に入った。
テーマを決めた。
「まずは、ひとりでやってみよう!」
選んだ作品は、「ボッコちゃん」。
音楽制作で使う最新で高音質の機材とPCでレコーディングし、編集をする。
ト書きを読んで録音。バーのマスターの役で録音。
問題は “ボッコちゃん” の録音だ。
PCで女性の声を作る。やっぱ、ボッコちゃんは、機械でなくちゃな。
バーの広さと床材を計算して擬似空間をつくる。そこに当時に鳴っていたであろう音質の音楽をつくる。そして、当時録音されたのであろう人達のガヤをはめ込んだ。
よし、出来た!
番組でオンエアーした。
なかなかの高評価。
なんか、掴めた!
よーし!!
さぁ〜て
次は、なにを作ってみようか…
そんなの決まってる。
田中少年がかつて “描いた” 『ノックの音が』の中からだ!
おー、なんてワクワクするんだ!
僕の世界の基盤を作ってくれた『星新一』先生の作品を、僕の音楽と声でラジオドラマにすることができ、そこからこの「寄せ書き」にご縁をいただいた。
かつての田中少年に伝えたい。
「おーい でてこーい」の穴が未来に繋がって、あの頃写経のように描いた小説が、頭の上から降ってくるかもよ、って。
2021年3月
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